想い焦がれて夏つがる ~ヤーヤドーに逢いたくて 3日目 ③~ | 旅は未知連れ酔わな酒

想い焦がれて夏つがる ~ヤーヤドーに逢いたくて 3日目 ③~

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田夏空の甲板 旅行記

飛行機がまだ庶民の足ではなかった時代、本州と北の大地とを結ぶ大動脈として活躍を続けた青函連絡船。船内でその足跡を辿り甲板へと出れば、あまりにも鮮やかすぎる津軽の夏空。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田誇らしく描かれるJNRの文字
眩い陽射しに目を細めつつ見上げれば、ファンネルに誇らしく描かれるJNR。何故こうも心に刺さるのか。物心ついたころに僕の胸を射抜いたこのマーク。特別急行列車に掲げられていた頃が懐かしい。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田煙突と青森ベイブリッジとの共演
さらに上へと登れば、より近く感じられる夏の空。凛と立つ煙突と青森ベイブリッジの競演が、眩い陽射しを受けより印象的に。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田煙突内部へと入る
間近に眺める巨大なJNR。八甲田丸でも一番高い部分であるファンネルは、冬季を除き展望台として開放されています。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田ファンネル内部
中へと入れば、八甲田丸の一番深い部分に位置するエンジンから繋がる太い排気筒。現役当時には決して足を踏み入れることのできなかった、貴重な光景。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田煙突展望台から望む青い海
急な階段を登り外へと出ると、見渡す限りの大パノラマ。青い、どこまでも青い。東京の灰色の海、そして八重山の碧い海。それらと繋がっていることが不思議に思えるほどの、絵に描いたような真っ青な海。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田煙突展望台から後輩の津軽海峡フェリーを望む
さらに視線を西へとむければ、遠くに佇む白い船。青森と函館を結ぶという使命は、後輩である津軽海峡フェリーへとしっかりと受け継がれています。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田車掌車ヨ6000
甲板で青森の夏を存分に浴び、一気に1階へ。ここは、鉄道連絡船を連絡船たらしめる車両甲板。海上を動く鉄路で繋ぐ。これこそが、他の船にはない連絡船ならではの魅力。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田4番線まで設けられた車両甲板
広い甲板には4番線まで設けられており、最大で48両の鉄道車両を載せることができたそう。この構造が大正時代から実現されていたということが驚き。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田船首側に設けられた連結器
船首側には、どっしりと据え付けられた連結器。これでがっちり車両を掴み、荒波にも耐え北海道まで車両を運んでいました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田郵便車スユニ50
現役当時は、荷物を満載した貨車や北海道への回送車両を載せていた青函連絡船。現在は様々な車両が展示されています。このスユニ50は、郵便車と呼ばれる車両。郵便職員が乗り込み、車内で郵便物の仕分けができるようになっています。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田キハ82
そしてこちらは、かつて日本全国の非電化路線を駆け巡った国鉄初のディーゼル特急キハ82。北海道の無煙化のため、キハ82も青函連絡船で渡っていったことでしょう。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田車両を固定する緊締具
時には大荒れになる津軽海峡。レールに乗っているだけの鉄道車両が脱線や転覆しないよう、緊締具と呼ばれる金具でしっかりと船に固定されています。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田車両甲板にのびるレール
甲板にのびる、幾筋ものレール。海で隔てられた場所を、動く鉄路で結ぶ。先人の知恵と工夫により造り上げられた海上のレールは、長きに渡り本州と北海道の物流を支えてきました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田重厚な船尾扉
車両を積み下ろしする際には開けられ、航行中には閉ざされる重厚な船尾扉。初期の連絡船では口を開けていた車両甲板ですが、日本史上最悪の海難事故である洞爺丸事故を教訓に、この設備が導入されました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田人だけではなく鉄道車両を運ぶ連絡船
乗客のみならず、車両や貨物を運ぶという独特な使命を授けられた鉄道連絡船。その航跡を伝えるかのように、車両甲板を貫く幾筋ものレール。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田連絡船ならではのヒ600
巨大な建造物とはいえ、海に浮んでいるだけの連絡船。石炭や水を満載した機関車が船内へと入るとその重量により不安定になるため、控車と呼ばれる何も積まない軽い車両が機関車との間に連結されていました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田巨大なエンジンの並ぶ第一主機室
海上を見えない鉄路で結ぶという青函連絡船ならではの使命に触れ、さらに下の階の第2甲板へ。海面下に位置するこの甲板には、航行や発電のためのエンジンが積まれています。

この巨大なエンジンは、船を動かすためのディーゼルエンジン。八甲田丸にはここに見えてる4機のほか合わせて8機のエンジンが積まれており、乗用車128台分という凄まじい馬力でその巨体を動かしていました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田総括制御室
そのエンジンを司っていたのが、この総括制御室。一番上の操舵室が目や頭脳だとしたら、ここは言わば船の心臓部。1隻の船を動かすために、それぞれの持ち場で多くの人々がその職責を果たし運航を支えていました。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田充実の見学を終え下船口へ
現役当時には立ち入ることのできなかった連絡船の内部と歴史を巡る旅。渡道という夢は叶わなかったけれど、こうして八甲田丸と触れ合えるだけでもう充分。文明開化以降、日本を支え続けてきた鉄道。海上を結ぶという青函連絡船の使命に心打たれ、海峡の女王に別れを告げます。

8月上旬夏の青森海峡の女王青函連絡船八甲田と津軽海峡・冬景色歌碑
気品すら感じさせる優美な姿、それに反して背負う重責。その歴史に触れた後に聴く津軽海峡・冬景色は、いつも以上に胸に来る。

青函連絡船が消え、上野発の夜行列車もなくなって早幾年。この歌詞の情景に身を置くことは叶わなかったけれど、上野発の夜行列車は辛うじて経験できた。

あと十年、生まれるのが早かったなら。古い時代の鉄道が好きな僕にとって、そう思わされることが多すぎる。だからこそ、過去になりゆく今を鉄道に乗って旅したい。旅先での楽しみだけではなく、移動の体験も含めての旅。この趣味をもって本当に良かったと、心の底から思うのでした。

想い焦がれて夏つがる ~ヤーヤドーに逢いたくて~
3年ぶりとなる弘前ねぷた夜空に浮かぶ為信公
2022.8 青森/岩手
旅行記へ
●1日目(東京⇒弘前)
 //
●2日目(弘前滞在)
 ///
●3日目(弘前⇒青森⇒盛岡⇒東京)
 /////

コメント

タイトルとURLをコピーしました