うららかな午後に旅立ち、夕日を経て夜の帳が下りるまで。北上するにつれ刻一刻と変化する車窓に心酔すること3時間20分、新青森に到着。いつも旅人を迎えてくれるねぶたやねぷたも、夜の闇を背負いいつも以上に輝いて見える。
新幹線から奥羽本線に乗り換え、今宵の終着地である青森駅に到着。今なお工事の続く駅舎部分。旧駅舎ともう逢えないと頭では理解していても、夜に輝く「あおもり駅」の姿が見えないことが寂しくて堪らない。
やっぱり最後に、旧駅舎としっかりお別れしたかった。そんなちょっとした感傷を抱く暇もなく、今宵の宿である『ホテルマイステイズ青森駅前』に到着。駅から徒歩3分、アーケード沿いと魅力的な好立地。
15:20に東京駅を発ち、4時間も経たぬうちにホテルにいる。かつては一晩掛けて走り抜いた道のりとは思えぬ近さに、今一度新幹線の効果というものを強く実感。失われた旅情のことを考えると切ないものがありますが、それと引き換えに手にした「近さ」はやはりありがたい。
今回はびゅうのダイナミックレールパックを利用。その中でも比較的お手頃価格であったこの宿を選びましたが、期待していた以上に快適で大満足。
部屋の広さは普通のビジネスホテルと同程度ですが、セミダブルのベッドやバスとトイレが別なのが嬉しいポイント。フロント近くには選べる無料の入浴剤もあり、湯船に浸かってしっかりと疲れをとることもできます。
時刻は19時半。今回は街をぶらつき直感で店選びをする時間がなかったため、あらかじめ居酒屋さんをいくつかピックアップ。その中で一番気になっていた『六兵衛』に満席覚悟で向かってみると、運よくカウンターに空席が。
いくら新幹線で近くなったとはいえ、東京からの移動距離は700㎞オーバー。旅の疲れを冷たいビールで流していると、お通しのつぶ貝煮が出されます。
身に楊枝を刺し、肝がちぎれないように慎重にくるりんと。きれいに取れたときの気持ちよさを感じつつ頬張れば、ふわっと広がる心地よい磯の滋味。濃すぎず薄すぎず、貝の風味をしっかりと活かした塩梅に、すぐさま地酒を頼みます。
ちなみに、結構暗めで雰囲気のある店内。なので最近うまくピントが合わなくなってきた相棒のデジカメでは、この程度の写真が精一杯。今夜は酔いどれのピンボケ写真にお付き合いください。
まず初めに注文したのは、大好物の活つぶ刺し。僕にとって、つぶ貝は貝の王様中の王様。さざえでもなく、あわびでもない。つぶ貝が本当に、本当に、死ぬほど一番好きな貝なのです。
そういえば、本場で活つぶを食べるのなんていつくらいぶりだろうか。そんな期待を抱きつつ、慎重に奥歯でひと噛み。ガリッ!ゴリッ!あぁ、もう最高。この上ない歯ごたえとともに広がる、豊かな海の芳香。もうこのひと口だけで、青森まで来てよかったとすら思えてくる。
さらに印象的だったのが、その食べ方。小皿にはいくらが載せられており、どうやって食べるのか思わず質問。すると、そのままいくらだけ食べてもいいし、しょう油と混ぜてつぶと一緒に食べてもいいとのこと。
それならばと、贅沢とは思いつついくらを薬味にしてみることに。これがまた旨いのなんの。磯の香りを放つつぶと、そこに旨味やコクを添えるいくらの組み合わせの妙。こんなの、津軽の酒がどれだけあっても足りないよ。
続いては、当店◎と書かれたつゆいかげそ揚を。一言で表せば、いかげその揚げ出し風。生姜の効いたつゆに揚げたげそがたっぷりと入れられ、その上におろしやなめこ、みょうがといった薬味や温泉玉子が載せられた見るからに旨そうなひと皿。
さっと全体を混ぜ、しっかりとげそにまとわせひと口。少し濃いめのつゆを大根おろしがさっぱりとさせ、温玉でまろやかになったところに効く薬味の香り。このお店、気をつけないと大変なことになりそう。そう思うほど、津軽の酒を欲しくなる逸品。
旨い肴つまみに愉しむ、津軽の旨い酒。そのお供にともうひと皿、大好物の納豆の包み揚を注文。
ワンタンの皮に包まれ揚げられた納豆は、適度に火が通りふっくらもっちりとした食感に。カラッとした揚げ方もさることながら、きっとこの納豆自体がおいしいのでしょう。豆のもつ存在感ある食感と、包みがほどけると同時に広がる豊かな風味。納豆好きに生まれて良かったと、素直にそう思えてくる。
あまりにも吞兵衛のツボを押さえた品々に、気をつけようとは思いつつやっぱり進んでしまう旨い酒。亀吉や鳩正宗、田酒と青森の酒の旅を愉しみ、名残惜しくも〆のひと皿を注文することに。
何で〆ようか。そんな楽しい悩みに心を泳がせつつ選んだのは、津軽といえばの貝焼みそ。具はシンプルにほたてとねぎ、散らされた少々のみつばといったもの。
見るからにおいしそうな表情をした玉子。貝柱とともにすくって頬張れば、ふんわりじんわり広がるおだやかな旨味。玉子はしっかりと火が入りふんわりとした部分と半熟とが共存し、その場所ごとに違うおいしさが味わえるのもまた愉しい。
これまで食べた中で、もしかしたら一番やさしい表情をした貝焼みそかもしれない。存分に飲んだあとに出逢えた郷土の滋味の余韻に浸り、夢見心地でお店を後にします。
こうして青森に泊まるのは、実に8年ぶりのこと。このまままっすぐホテルへと帰るのはもったいないと、酔い覚ましを兼ねて夜の街をのんびり散歩。火照った頬に感じる冷たい夜風、ところどころに残る雪。つい先週、木曽路で春に触れたことが嘘のよう。
絶えず繰り返す波音を聞きつつ歩く、静まり返った夜の海。漆黒の海原に揺らめくベイブリッジの煌めき、そのすぐ傍らでひっそりと眠りにつく海峡の女王。
明治時代から、本州の北の玄関口として在り続ける港青森。かつて青函連絡船が往来した岸壁の対岸には国際クルーズターミナルができ、その新しい埠頭から突き出た防波堤は夜空へと繋がる滑走路のよう。
昭和のまま時が止まったかのように佇む八甲田丸、その周りで変わりつつある港の情景。ワラッセの裏手の海は広々とした人工ビーチに生まれ変わり、確実に連絡船の頃の気配が薄れてゆく。
上野発のはくつる号で初めて青森に降り立ってから、はや四半世紀。青森駅に到着する長大編成は消え、往時の面影を色濃く残していた駅舎もなくなり。それでも八甲田丸は、無言のまま栄光の航路の存在を伝え続ける。
南国感漂うビーチに残る白い雪。そんな泡沫を思わせる夜の港の情緒に漂い、古い記憶を懐かしみつつ宿へと戻ります。
旨い肴と酒に酔い、昼とは違った表情を魅せる街を歩き。立ち寄るだけでは知ることのできない街の魅力は、泊ってみて初めて感じることができるもの。8年ぶりに揺蕩う青森の夜は、深く、そして静かに更けてゆくのでした。
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