初めてとなる帯広の街をくるりとひと回りし、良き時間になったところで今宵の宿にチェックインすることに。帯広といえば、温泉の街。今回は駅前に位置しながら天然温泉かけ流しという、『ふく井ホテル』にお世話になります。
フロントでチェックインを終え、早速お部屋へ。館内は落ち着いた雰囲気にリニューアルされ、客室内も快適そのもの。こちらも本当にこのお値段でいいの?という良心的価格で、今回の旅は本当にどれもコスパ最高すぎて嬉しくなってしまう。
時刻は15時過ぎ。この時間に旅館ではなくホテルにチェックインするのは珍しいのですが、それにはもちろん理由が。先ほども触れましたが、このホテルには天然温泉かけ流しの大浴場があるのです。
館内着に着替え、早速地下へ。浴場に入ると、すでに数名先客が。滞在中何度も大浴場へ行きましたが、必ず誰かがいる。なんなら、温泉旅館でも早い時間や遅い時間には誰もいないことが多い。駅前のホテルではありますが、宿泊客の温泉に対する本気度の違いに驚きます。
ということで今回はお風呂の写真はありませんが、待望の初の十勝の湯を。大浴場の中央には、かなり大きめの小判型の湯舟。そこに結構な勢いで自家源泉が絶えず掛け流され、ざばざばとオーバーフローする様に入る前から期待が高まります。
このあたりのお湯は、地層の中に閉じ込められた植物が溶けだしたモール泉。東京近辺でも同じような泉質を楽しめますが、違うのが色や香り、そして浴感。
関東は海藻と海水から成るものが多いのに対し、こちらは葦などの植物由来だそう。香りや塩分を感じないため、浴感も優しく非常にリラックスした状態で湯浴みを愉しめます。
滔々と温泉が掛け流される湯舟に浸かり、そっと目を閉じ湯の感触を噛みしめる。琥珀色に染まるアルカリ性のお湯は、思いきりつるんつるんの肌触り。ちょっと熱めながら余分な圧のようなものは感じず、体全体を包む滑らかな浴感にこころまで解けてゆくのを感じます。
部屋で湯上りのビールを味わい、ちょっとばかり休憩してもう一度温泉へ。そんな温泉旅館のような愉しみ方をしつつ、お腹がすくまでのんべんだらり。良き塩梅になったところで街へと出れば、凛とした北国の夜風に似合う煌めきが。
今日は日曜日。事前に調べていて知ってはいましたが、帯広は日曜定休のお店がかなり多い。その中で煌々と灯りを点し営業している『十勝藁焼炉端の一心』にお邪魔してみることに。
まずはキンキンに冷えたサッポロクラシックで乾杯。すぐさまお通しと運ばれてきたのは、ししゃものみりん干しとほたるいかの一夜干し。飛騨コンロの炭火で炙れば、すぐさま地酒に切り替えたくなるような香りが漂ってきます。
北海道の辛口の酒片手にに炙りものを噛みしめていると、注文した2品が運ばれてきます。まずはこの時期ならでは、根室産のたちぽんを。ふるふるとした物体を、箸でつまんで口へ。その瞬間、とろんと広がる白子の旨味。この限りないクリーミーさ、本当に旨いよなぁ。
そのお隣は、十勝名産だという長芋の竜田揚げ。カリッとした衣に隠された、しゃきっと、ホクっと、とろみが共存するしっかりとした食感。にんにくをきかせた味付けも相まって、もう竜田揚げは鶏ではなく長芋がいいじゃん!と思えてしまうべらぼうな旨さ。
続いては、厚岸産の牡蠣を焼きと蒸しで。大ぶりなかきはちょうど良い塩梅で火を通され、ぶりんとした魅惑の凝縮感に。何もつけずひと口で頬張れば、口中に溢れ出す海の豊かさ。存在感ある貝柱がこれまたおいしく、あっという間に地酒が空になってしまう。
十勝やその周辺の素材を使ったメニューが並び、限りある胃袋に合わせどれを選ぶか嬉しい悩み。そのなかで追加したのはこの2品。じゃがいもサラダは千切りにされた芋がものすごくシャキシャキで、ごま油と塩の味付けがシンプルに素材の味わいを引き立てます。
北海道産5種のチーズ春巻きはバリっと揚げられ、噛めば中から出てくるとろりとした濃厚さが堪らない。その味わいはまったりとしたポタージュのようで、心地よい乳感に十勝を感じつつ地酒をグイっといってしまう。
長芋、じゃがいも、乳製品。十勝の農産畜産物の旨さに心酔した僕は、芽室産のごぼうスライス揚げを追加。パリッと嚙めば、途端に広がるものすごい甘さ。ごぼうがこんなに甘いものだとは知らなかった。とにかく甘い、甘い、甘くて旨い。ちょっとこの素材感には驚愕。
いやぁ、まさか根菜をアテに地酒四合を呑んでしまう日がくるとは。十勝平野の力にすっかり圧倒され、大満足でお店を後にします。
帯広で過ごせるのも1泊限り。このままホテルに帰るのはもったいないと、夜の街歩きへ。すると昼間にはモノトーンだった街並みが、すごい勢いで豹変している。
あぁ、堪らない。夜に本性を現す街は、きっといい街。グッと冷え込んだ夜風を頬に感じつつ、昼間気になったあの一画へ。ほらやっぱり、明るいときとは顔が違う。
日中のあの雰囲気は、仮の姿。夜になり目覚めれば、張り詰めた冷たい空気を震わすほどの眩さに溢れている。
狭い横丁に、自分が自分がと張り出す幾多もの看板。その雑多さが醸すうつくしさに、思わず息を呑んでしまう。
サイロを模した建物に誘われ足を踏み入れた八丁堀。進めば進むほど、異世界へと迷い込んでしまいそうな錯覚が。
八丁堀を満たす濃密な昭和感を胸いっぱいに吸い込み、すぐ隣の新世界へ。この裏路地感が渋くて堪らない。
白い雪の積もる小路、ぼんやり灯る赤提灯。ダクトから吐き出されるもうもうとした湯気が、北国の夜の情緒を掻き立てる。
八丁堀と新世界、仲良く並ぶふたつの横丁から、さらにその向かいに位置する横丁へ。
こちらにも飲み屋街がふたつ並んでおり、まずはいなり小路へ。昭和レトロ風の装飾では隠しきれぬ本物の昭和の空気が、細い路地に缶詰のように残されています。
その隣、大きなビルを背負いひっそりと佇むエイト街。灯りの点る看板から、ほんのり漏れ聞こえてくる笑い声。
この先は、どうなっているんだろう。そう進んでゆくと、突如現れる街の終わり。この小さな袋小路は、昭和の忘れ形見に違いない。
帯広の街に残された、濃密な昭和の薫り。かつての賑わいに思いを馳せふと見上げれば、狭い横丁に切り取られた冬の夜空。
十勝の中心都市として経てきた時代を歩く、夜の歴史散歩。胸の奥深くが温まるような、それでいて濃厚な郷愁にちくりとした感傷も。帯広、いい街だな。夜の素顔を垣間見て、ふと愛おしさがこみ上げる。
さすがに夜の十勝平野は寒い。この日の冷え込みはそれほどでもないはずだが、やっぱり冷たさの質が札幌とは違う。とろりとしたモール泉で全身を解凍し、ゆるゆるとほぐれたところで宴の続きを。釧路の福司純米酒、そのすっきりとした味わいをちびりとやります。
初めての十勝帯広。あのとき会社の人とあの話をしていなければ、訪れるのはきっともっと先だっただろう。今回の旅は、縁があったとしか思えない。今日半日ですっかり帯広の魅力に染まり、このタイミングで来ることのできた悦びをひとり静かに噛みしめるのでした。
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