那須高原で迎える爽快な朝。テントへと漏れ聞こえくる鳥の声に目覚め、とろりとやわらかな温泉で朝風呂を愉しみ。そして空を見上げれば、今日の青さを約束してくれるような晴れ空が。

朝の清々しさをハンギングチェアで浴びていると、朝食の予約をしていた7時半に。フロントへと向かい、食材と道具を受け取ります。

昨日のイングリッシュマフィンに代わって、かごには食パンが。ハムとチーズをのせ、マヨをかけて那須御用卵をぽとり。塩とコショーを振り、パンをかぶせてホットサンドメーカーにぎゅっと。カセットコンロでさっと焼けば、こんがりとおいしそうなホットサンドの完成。
大きな口を開けて頬張れば、さくっとした食感とともにあふれる濃厚な御用卵。とろんぷるんの白身、少し熱が入り濃厚さを増した黄味。それが最高のソースとなり、自ずと笑みがこぼれてしまう。
そんな至福のパンに合わせるのは、こんがりと焼いたベーコンにぱりっとしたレモンパセリソーセージ。じゃがいもは半分に切ってから焼いた分、より香ばしくほっくりとしたおいしさに。
シェラカップで温めたじゃがいものスープは、やさしく穏やかでありながら深みのある味わい。最後に牛乳とヨーグルトといった酪農王国那須の恵みで〆て、大満足の朝餉を終えます。

去年に続き、人生二度目のグランピング。今回も、本当に本当に愉しすぎた。ゆるやかで、濃密で。そんな最高の時間を味わわせてくれたNenn。名残惜しくもチェックアウトの時を迎え、再訪の誓いを胸にもう一度だけ振り返りその世界観を眼にこころに刻みます。

はぁ、愉しすぎてちょっとばかり喪失感が・・・。豊かな時間を過ごせたからこその贅沢な感傷にこころを染めつつ待っていると、『関東自動車』の路線バスが到着。

これから向かうは、終点の那須ロープウェイ。これまで那須湯本温泉までは乗車したことのある路線ですが、そこから先は未知なる世界。さらに勾配はぐんと増し、恋人の聖地にも登録されている那須高原展望台を通過するころにはこの高度感に。

バスはさらに那須街道を登ってゆき、終点のひとつ手前である大丸温泉バス停で時間調整。この近くには、いつかはと思いつづけているあの宿が。来るはずのそのいつかに思いを馳せていると、終点へと向け走行再開。車窓に現れる茶臼岳の雄姿に、今か今かと到着のときを待ちわびる。

チーズガーデン前から延々登ること約50分、バスは終点の那須ロープウェイバス停に到着。そう、ここまで来たということは、茶臼岳へと挑むということ。久々の山登りに、年甲斐もなくワクワクしてくる。

駅舎の写真を撮っていると、遠くから発車ベルの音が。山側へと向かえば、山頂目指し昇ってゆく大きなゴンドラ。20分後、僕はあれに乗るんだな。そんな期待に胸を膨らませつつ、きっぷを買うため窓口へ。
昨日から利用している、那須線が2日間乗り放題の那須高原フリーパス券。なんとうれしいことに、この券を提示すればロープウェイの往復乗車券が1割引。免許を持たぬ旅行者にはありがたい、那須を満喫するならおすすめのきっぷ。

おみやげ売り場を見つつ待つことしばし、改札がはじまる前に列へ。運よく先頭の座席に陣取り、いよいよ茶臼岳の9合目へ。
昇るごとに、様相が変化してゆく雄大な車窓。まもなく森林限界を迎えようかというころ、ロープウェイの中間地点へ。荒々しい山肌にへばりつく残雪に、想像以上にすごいところへ来てしまったと身構える。

293mの標高差をあっという間の4分、ロープウェイは茶臼岳の9合目に位置する山頂駅へ到着。この地点で、すでに標高1,684m。普段まったく山登りをしない僕にとって、この数字だけでも現実感がなくなってくる。

左手に広がる眺望も気になるところですが、まずはこれから挑む山をあらためて。これからあそこまで、登ってゆくのか。見上げる荒涼とした光景に、期待と少しばかりの不安が入り交じる。

こんな山、これまで足を踏み入れたことないな。荒々しさを感じさせる表情に今一度気を引き締め、満を持して振り返る。そこに広がるのは、この絶景。足元に白くのびる残雪、その先には青く染まる那須野が原。

胸のすくような、その言葉を具現化したひとつの完成形。そんな眺望を山の空気とともに胸いっぱいに吸い込み、意を決していよいよ山頂へと歩きはじめることに。

登りはじめは少々段差が大きくも、整備された幅の広い登山道。少しばかり登ったところで右手を見てみれば、斜面の先にはとんがった形が特徴的な朝日岳の姿が。

普段の運動不足に鑑みて、息をあげないよう努めて控えめのペースで。一歩一歩少しずつ、しかし確実に変化する景色をのんびりと愛でながら進みます。

整備された登山道を景色を愉しみつつ登ってゆくと、10分足らずで牛ヶ首山頂分岐に到着。ここから分岐する道で茶臼岳をぐるりと周回でき、道中では無間地獄という噴煙地も間近に望めるそう。

初めてとなる茶臼岳、今回は当初の予定通り山頂を目指すことに。分岐から先は勾配もきつくなり、砂利と石の交じった山肌をゆく道に。にじむ汗と弾む息を落ち着かせるべく立ち止まれば、左手に肩を並べていた南月山を見おろす位置に。

一般的には、標高2,000~2,500mあたりに位置するという森林限界。雪や風、岩石や火山ガスといった要因から、ここ茶臼岳ではそれよりも低くなっていることが特徴だそう。

これまで接することのなかった、荒涼とした山の世界。うつくしくもなぜだか背筋がぞくぞくするような情景に気圧されつつ、一歩一歩進む道。ちょっとここらでひと休み。そう行く手に視線を向ければ、人の背丈を超える巨大な岩にごろごろとした石の山。どうみても、道なんてなさそうなんですけど。

全体を見てそう一瞬おののいたものの、よくよく見ればルートはある。石に描かれた印や張られたロープ、登り下りする人々の挙動をしっかり観察。ときおり手も使いつつ、落石を起こさないようにとの緊張感や頭上の大岩の圧迫感にひりつきながら慎重に登ってゆきます。

ごろごろとした岩のつづく自分的難所を登り切り、ほっとひと息つき振り返る。目に飛び込むのは、どこまでも広がる那須野が原。この雄大な絶景に逢えただけでも、ここまで登ってきた甲斐があった。

ひきつづき、砂利に石、岩の交じる登山道。山登りに慣れた人にはどうってことないのだろうが、自分が怪我しない、そして人に怪我をさせないことがいまの僕には最優先。慎重に足元を選びつつ登ってゆきふと視線を上げれば、朝日岳の山頂と肩を並べるほどまでの高さに。

これまでの道のりに比べれば、だいぶ歩きやすくなってきた。これまでの苦労が報われたかのようなゆるやかな勾配を進んでゆくと、ついに視界にとらえた小さな祠。

もうすっかり、自分は周囲の山々を見おろす場所にいる。もうまもなく迎えるそのときに備え、ここで立ち止まり大きく深呼吸。残雪の山並みの先には、うっすらと姿を見せる日光連山。

さあ行こうか、頂へ。そう満を持して行く先を見据えれば、そこに待ち構える鳥居の姿。この瞬間、いままで生きてきたなかで得たことのない刺激が胸を走るのを感じた。

ロープウェイの山頂駅から約50分、ついに茶臼岳の頂上へ。途中岩場もある標高差231m、それを登りきったという達成感が心身の隅々へと駆けめぐる。

山頂には、ごつごつとした岩場に建つ小さな祠が。昨日お参りした那須温泉神社の奥宮、那須岳神社。慣れない登山の安全と、那須の雄大さに出逢わせてもらえたことのお礼を深く深く伝えます。

西側を展望すれば、遠くには白銀に染まる会津の山々。この光景を眼にしたときの感動を、一体どんな言葉で表せようか。

これまでなぜか縁のなかった山歩き。その悦びを、こうして垣間見ることができただけでも来た甲斐があった。人生半ばにしてもなお、未知なる感動と出逢うことができる。僕にとって旅とは、それを探すためのものなのかもしれない。

これまで生きてきたなかで、味わったことのない種の感情。そんな感慨との邂逅に胸を打たれ、岩に腰掛け雄大な情景をただただ見つめる。もう少し運動好きなら。もう少しアウトドア派だったなら。こんな趣味も持てていたのかもしれないな。

こう書くとなんとなく後悔にも似たニュアンスに取られてしまいそうだが、むしろその真逆。ねぷた、八重山、そしてグランピングに山登り。これらに出逢えなければ、自分に眠るそんな「好き」にも気づけずに僕は歳をとっていったんだろう。

山頂からの絶景を眼にこころに灼きつけ、そろそろ下山することに。帰りは、火口のふちをゆくお鉢巡りのルートへ。爆裂火口や山体崩壊の跡が強烈な印象を与える朝日岳、その奥につづく三本槍岳。そしてここ茶臼岳の三山が、一般的な総称としての那須岳を指すのだそう。

朝日岳との鞍部に見えていた避難小屋まで下れば、無間地獄や牛ヶ首を経て分岐まで周回するルートに出られる模様。これはまた、次回のために取っておこう。来た道を振り返り、火口の先に小さく見える那須岳神社のお社に再訪の願いを託します。

ちょっとこれは、期待をはるかに超える最高の山歩きだった。抱えきれぬほどの感動を胸に、いよいよ本格的な下りの区間へ。先行く人をこうして見ると、空に向かって飛び立つみたいだ。行きも通ってきたはずなんだが、やっぱり道などないよ。

登り以上に、下りのほうが神経を使う。ほんのり見えてくるルートを、足場を選び慎重に。右へ左へと進むごとに、那須野が原に白河とうつろう展望。この高度感と滑空感、なんとなくスキーをやっていたころを思い出す。

お鉢巡りを愉しみつつも、帰りは40分ちょっとで山頂駅へと無事帰還。これまで登ったことのないタイプの、裸の山。そこで出逢えた幾多もの初めてと感動を、決して忘れることはないだろう。

約2時間の山登りをこころの底から満喫し、時刻はもう13時過ぎ。ロープウェイの駅に併設された軽食コーナーで、ちょっとばかり遅めのお昼をとることに。
9合目まで文明の利器に頼り、最後のおいしい部分だけいいとこどり。我ながら調子がいいなと笑いつつ、それでも下山の達成感に包まれ祝杯を。標高が高い分、もりもりもりもり泡が立つ。そんなしゅわしゅわの至福と格闘していると、注文したワカメそばが完成。
標高1,684m、那須高原を眼下に啜る旨いそば。ほんのり甘め、しょう油のきいたつゆが疲れた体に沁みわたる。今度から、旅先で気軽に登れそうな山があったら候補にせねばだな。またあらたな愉しみを知り、そんな妄想を思い浮かべるのでした。



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