湯田中駅から爽快な山岳ドライブを楽しむこと40分、今回の目的地である『熊の湯ホテル』に到着。あのお湯の色を知って以来、10年以上あこがれ続けてきた宿。そこへ3泊できると思うだけで、早くも気持ちは逆上せ気味。
チェックインを終え早速お部屋へ。鼻に足元にと、久々に感じる畳の香りと感触。あぁ、やっぱりいいなぁ。9ヶ月ぶりとなる温泉旅の嬉しさを、ひとり静かに心の底から噛みしめます。
到着時から鼻をくすぐる硫黄の香り。そのかぐわしさに居てもたってもいられず、そそくさと浴衣に着替え大浴場へ。こちらには2つの大浴場があり、日によって男女入れ替え制。この日は大きい露天のある碧落が男湯となっていました。
しっかりとした硫黄の香りもさることながら、何より目を引くのがこの翡翠色。このお湯の存在を知って以来、熊の湯はいつの日にかと憧れる存在になっていたのです。
泉質は、含硫黄-カルシウム・ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩温泉。こうして記すだけでも成分の多さが伝わりますが、入ってみると何ともしっとりとした優しい浴感。酸性が多い硫黄泉ながらこちらのお湯は弱アルカリ性で、入浴するごとに肌がするっとしてゆくのが分かります。
さっと内湯で温まり、露天風呂へ。扉を開けた瞬間、眼に飛び込むこの光景。うわぁ、雪見露天かよ!時期的にまだ早いと思っていただけに、この嬉しい誤算に大喜びしてしまいます。
絶えず鼻を悦ばす硫黄の香り、眼に美しい翡翠色。それに浸かりながら白い雪を愛でるなんて、これを贅沢と言わずして何を贅沢と呼ぶのだろうか。あぁ、幸せ。極楽、極楽。そんな言葉が気づかぬうちに口から溢れてきます。
色も香りも浴感も濃厚なお湯に満たされ、火照ったところで部屋へと戻ります。そしてプシュッと開ける、冷たいビール。9ヶ月ぶりに味わう湯上りの至極に、思わず目を細め感慨に浸ります。
湯上りのビールを一層美味しくしてくれるのが、この眺め。一面笹に覆われ、白樺とトドマツの生える山。標高の高さを感じさせる光景に、秋空同様僕のこころもいつしかすっかり澄みわたってゆくよう。
翡翠の湯との戯れを存分に愉しみ、お腹もすいたところで夕食の時間。食堂へ向かうと、テーブルには美味しそうな品々が並んでいます。前菜のミニ大根は瑞々しく、添えられた味噌が信州らしくいい味わい。鴨ロースも柔らかく、大きな花豆も食感を残しつつふっくらと煮られています。
かぶの煮物はあんかけに仕立てられ、柔らかい食感の中からジュワっとかぶの瑞々しさが溢れてきます。すき焼き風のお鍋も牛の甘味を感じさせる丁度良い塩梅で、頼んだ地酒がどんどん進みます。
続いて運ばれてきたのは、揚げたての天ぷら。特に美味しかったのが、根曲がり竹。サクッとした衣を噛めばほっくりとした身が現れ、それと同時に何とも言えぬ穏やかな風味が広がります。
ご飯と野沢菜でしっかり〆て、満腹で部屋へと戻ります。ごろごろと食後の怠惰を愉しみ、お腹も落ち着いたところで夜のお供を開けることに。まずは岡谷の髙天酒造の造る髙天純米酒を。水のきれいさを感じさせる、信州らしいすっと染み入るような美味しいお酒。
テレビも見ず、本も読まずただただぼんやりと過ごす高原での夜。お酒に飽きたら、ふと思い立ったように夜の露天へ。一気に冷たさを増した空気の中、雪と白樺を愛でつつ大地の恵みの温もりに包まれます。
頬に高原の夜風を感じる露天もさることながら、木造りの渋い雰囲気漂う夜の内湯もまた格別。湯口からは熱い源泉が絶えず掛け流され、その音が心の中からもしっかりと温めてくれるよう。
身も心も翡翠に染まり、温もりと硫黄の香りを纏いつつ部屋へと戻ります。そして開ける、次なるお供。大町は薄井商店の白馬錦純米吟醸を選びます。やっぱり信州、どれを飲んでも間違いない。すっきりと飲みやすい辛口の中に、水の良さとお米の味わいがしっかりと溶け込んでいます。
お酒を味わい、気が向いたら翡翠色の湯が待つ湯屋へ。今年はもう無理かもと思っていたこんな贅沢に、これから3泊も浸れるなんて。そんな静かなる歓びに心震わせ、志賀高原での夜は更けてゆくのでした。
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