地図のない街歩きでまた新たな盛岡の表情と出逢い、この旅最後の宴を始めることに。去年不老ふ死温泉の帰りに訪れてからすっかり好きになってしまった、『ももどり駅前食堂』にお邪魔します。
今日も良く歩いた。前回の帯広で使命を終えた初代に代わり、この旅でデビューした二代目ティンバー君。靴擦れなどの痛みはないものの、やはり新しいブーツは疲れるもの。冷たいジョッキがいつも以上においしく、あっという間にグイっと飲み干します。
続いて三陸の地酒浜千鳥に切り替えると、ちょうど良いタイミングで運ばれてくる沢内わらび。しゃきしゃきとした中にちょっとしたぬめりが心地よく、シンプルにだし醤油をかけて噛みしめれば口中が山の悦びで満たされます。
次に注文したのは、鰊とふきの煮物。こっくりと深い味わいに炊かれたにしんと、あっさり上品なふきの好対比。振られた山椒がにしんの風味に華を添え、これじゃぁ浜千鳥がいくらあっても足りやしない。
続いて来ました、吞兵衛殺しの最終兵器。北の海で冬に獲れるどんこを、肝と味噌で和えたどんこのたたき。こんなのもう、反則だよ。もっちもちとした淡白な身に絡む、肝のまろやかさと味噌のコク。言うなれば、旨味の爆弾。本当にこれは、新幹線に乗り遅れないように注意せねば。
にしんやどんこの滋味に溺れてちびちびやっていると、このお店の名物であるももどりが到着。すぐさま鼻をくすぐる、スパイシーな良い香り。堪らずかぶりつけば、バリっとした皮の香ばしさとともに溢れる鶏ジュース。
こりゃ堪らん。相変わらずの旨さに、どんどん食べる手が速まってくる。鶏の旨さを引き立てるシンプルな塩ベースの味付けながら、スパイスが奏でる辛味と香味の絶妙な華やかさ。食べすすめ舌に辛味が蓄積されたら、隣の生キャベツをバリっと。するとキャベツの持つ甘味が一層引き立ち、これまた酒を進めてくれる。
浜千鳥と酔右衛門をグラスで味わい、さらに浜千鳥の大徳利をおかわり。ほらやっぱり、飲みすぎだ。そんな最高の宴の〆にと選んだのは、もちろん盛岡名物のじゃじゃ麺。
茹でたて熱々ににんにくラー油を適量加え、しっかり丹念に混ぜ混ぜしていざずるっと。あぁ、堪らない。定期的にじゃじゃ麺を補給しないと、僕は生きられない体になってしまった。
しっかりと練り込まれた肉味噌の旨味やコク、それをしっかりと絡め取る茹であげられたままのもちもちのうどん。初対面であれ?と思ったことが嘘のように、逢瀬を重ねるごとにその愛は深まるばかり。
山海の幸に、ここでしか味わえないももどり。そして本格的なじゃじゃ麺まで味わえ、盛岡で飲むならここ一択になってしまいそう。岩手の味と酒にすっかり満たされ、思い残すことなく煌びやかな盛岡駅へと吸い込まれます。
お土産のじゃじゃ麺を買い新幹線ホームへ向かうと、ちょうど僕を東京へと連れ帰るはやぶさ号が入線。所定位置に停車し口を開け待ち構えるのは、3泊過ごしたあの地を越えてきたこまち号。
なかなか見られぬ新幹線の連結器に鉄ちゃんの血が騒いだところで、車上の人に。自席に腰掛け待つことしばし、ほんのり聞こえる発車ベルの後東京目指して滑りだすH5系。秋田の地酒片手に流れゆくホームを見送り、愛する東北の地への再訪を固く固く誓わずにはいられない。
夜の闇を320㎞/hで切り裂くはやぶさ号に揺られ、戻ってきた東京駅。3日前、久々の乳頭目指してこのホームから旅立ったことがつい昨日のことのよう。
これまで幾度も訪れた乳頭温泉郷。やっぱりそこは、魔境に違いなかった。あれだけ近接しながらも、それぞれの味わいを持つ一軒宿の集う魅惑の湯の郷。初めての大釜温泉は、すっかり僕を溶かしてくれた。
素朴な湯宿に籠り、ただ湯と怠惰に戯れるという至福の甘美。それ以上に、何を望むことがあるだろう。この旅で、久しぶりに連泊の本質を取り戻せた気がする。
旅することが叶わぬ日々を抜け、最近は無自覚のうちにちょっとばかり欲張りすぎていた。その気付きこそが、大釜温泉が僕へとくれた贈り物なのかもしれない。本当に、掛け値なしでいい宿だった。湯と宿に逢いにゆくという自分の旅の原点を見つめ、旅することの奥深さを改めて思い知るのでした。
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