この旅最後の朝。障子を柔らかく照らす、ぼんやりとした雪明かり。室温は相も変わらず1℃と寒いはずなのに、酸ヶ湯の力によってやっぱりぽかぽか。
こんな朝が明日も続いて欲しい。長くても短くても、旅の最終日には必ず思ってしまう、叶わぬ願い。そんな欲張りな願望を捨て、寒い部屋を出て温泉へ。やっぱりここのお湯は最高。入る度に好きになっていく。それこそが名湯というものなのでしょう。
この日のバイキングは、昨日とは違うラインナップ。青森の味である鮭の切り込みを始め、鰊と根曲がり竹の煮物など、素朴な美味しさをおかずに、ご飯をお腹一杯食べます。
部屋へと戻ってお腹を落ち着け、この旅最後の一浴へ。酸ヶ湯の色、香り、肌触り。その全てを想い出に変え、湯上りのひとときを静かに部屋で過ごします。
そしてやってきた、チェックアウトの時間。雪に埋もれるように佇む酸ヶ湯温泉旅館に別れを告げます。
それまでも、温泉好きのみならず有名であった、酸ヶ湯。その名が一層有名になったのは、積雪日本一になったというニュース。それ以来、酸ヶ湯に行きたいと周囲に漏らすと、必ずと言ってその話題が返ってきます。
僕も今回雪を期待して来ました。が、それ以上に期待していたのは、そのお湯そのもの。やはり酸ヶ湯は有名なだけある。初めて訪れましたが、これまで来なかったことが悔やまれるほど。
僕はどちらかと言えば、有名無名、流行廃りで事を考えるのが嫌いな性格。でも、ここに来て、有名になる理由、人気がある理由、それらがあるという当たり前のことを、今更ながら気付かされました。
何故小さい頃から流行ものが嫌いだったのか。それはその物自体を見ようとしないで、流行を追うこと自体が目的になっているように思えたから。でも、僕も全く同じことをしていたと、これまで生きてきて初めて感じたのです。僕は、流行に左右されないでいること自体が目的になってしまい、流行のものを見ようとしてこなかったのです。
どんなものだって、流行ったり、人気が出なければ、人目に触れずそっと消えていくもの。流行が落ち着いてもなお、人気が定着するということは、それだけ支持されているという証。ここ酸ヶ湯は、今は積雪というブームの真っただ中かもしれませんが、それ以前の遥か昔から、人々に愛され続け、不便な立地ながらこれまで在り続けてきたのです。
訪れることができて、心から良かったと思える場所とも、本当に別れの時。帰りも時間の関係で、『JRバス東北』のみずうみ号で青森駅を目指します。
バスに乗車し、発車を待つのみ。その間、雪に包まれる酸ヶ湯の姿を目に焼き付けます。
酸ヶ湯は、秘湯にしては有名で大きい。そんなイメージが、少なからず訪れる機会を遅くしていたことは否めません。温泉に入りたいから秘湯に行く。いつしかそれが、秘湯に行くこと自体が目的になってきた。僕が嫌だと思ってきた「手段が目的になってしまう」ことを、自分もしている。やはり、目的を持って手段を選ばなければ。そんなことを気付かせてくれる包容力を、酸ヶ湯は持っていました。
お湯を愉しむ。僕が今のスタイルの旅を始めた原点に回帰させてくれた酸ヶ湯。理屈抜きで、名湯でした。
この旅最大の目的地を後にし、抜け殻のような気分で揺られるバスでの時間。車窓を占領する雪壁とも、もうすぐ別れなくてはなりません。
バスは八甲田の麓をくねくねと駆け降り、青森の街まで戻ってきました。目に入るのは、これまで見たことも無いような高さに積まれた、雪捨て場。青森は本当に雪深い街。市街地の至近に表れた光景に、本州最北の都市であることを強く実感させられます。
当初は、このまま青森駅まで行く予定でしたが、そのまま戻るのももったいない。丁度良く有名なスポットを経由するので、途中下車をし、立ち寄ることとします。
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