盛夏万緑、みちのくへ。~ヤーヤドーに逢いたくて 5日目 ①~

スマイルホテル弘前客室から望む明け方の岩木山

胸に残るねぷたの余韻にふと目覚めると、窓の外にはうっすらと明るさが。カーテンを開け見てみれば、そこに広がるのは夜から朝へと移ろうグラデーション。

淡い紫に夜の気配を残す空に、凛としてそびえる黒々とした岩木山。美しい。その言葉しか、浮かばない。この瞬間でしか見ることのできない津軽富士の神々しさを教えるために、何かがこの時間に目覚めさせてくれたのかもしれない。

弘前駅構内そば処こぎん
あまりにも美しい岩木山の姿に胸を高鳴らせつつ、ベッドの上でごろりともうひと眠り。頭も気持ちもすっかり目覚めたところで、今日という一日を始めることに。今回も素泊まりプラン利用のため、お馴染みとなった弘前駅構内の『そば処こぎん』で朝ごはん。

弘前駅構内そば処こぎん幻の津軽そば
今回注文したのは、その名も幻の津軽そば。通常よりもそば粉の割合を増やし、呉汁(すりつぶした大豆)をつなぎに使うという津軽地方伝統の技法で作られたそばを使用しているそう。

以前食べたこぎんの普通のそばよりも、より白く若干太めといった印象。そのそばを優しく持ち上げ、つるっとひと口。その刹那、ほろっと崩れる心地よい食感。あぁ、旨ぇ。そう直感的に魂へと訴えかけるような、素朴で優しい穏やかな味わい。

こねて寝かし、打って茹でて更に寝かせるという独特の製法を持つ津軽そば。その食感はほろほろと柔らかく、それでいて所謂のびているという状態ではないのが不思議なところ。酸ヶ湯にこぎんとこれまで幾度か食べましたが、この独特なそばには毎度のことながら感動してしまいます。

そんな津軽でしか味わえない唯一無二の柔らかい麺を一層引き立てるのが、この澄んだきれいなおつゆ。無駄な甘さのないすっきりとしたつゆはだしの良さをダイレクトに感じさせ、程よい塩梅により最後の一滴まで飽きることなく飲み干してしまう。津軽のそば、本当に好きだなぁ。

弘南鉄道弘南線弘前駅に飾られたラッセル君のねぷた
津軽の地で毎回思うこと、それは本当に食が豊かだということ。観光客が飛びつくようなキャッチーな派手さはないが、昔からの素朴な旨さを大切に守り続けている。7年前に初めてきちんと青森県を旅した時に感じた印象は、訪れるごとに深くなってゆく。

朝からそんな津軽の味に満たされ、満足気で電車を待つ空白の時間。ふと見上げれば、ゆらゆらと風に吹かれる黒い金魚ねぷた。よく見てみると、それは弘南鉄道のキャラクターであるラッセル君似。厳冬の津軽の足を支える機関車も、短い夏の到来を祝っているかのよう。

弘南鉄道弘南線黒石行き電車で田んぼアート駅へ
電車が到着し降車の波も落ち着いたところで、『弘南鉄道』弘南線に乗車。ちなみに今回も、『津軽フリーパス』を昨日の青森出発前に購入。2日間有効のため、青森弘前五所川原周辺を周遊するならとても便利でお得なキップです。

夏の弘南鉄道弘南線元東急の電車に揺られ田園と岩木山を望む
元東急の古い電車に揺られて走る、津軽の田園。車窓には青さ輝く田んぼと、夏空に映える岩木山。こんな日常風景に身を置けることが、電車旅の醍醐味。地元の人々にとっては何気ない日常でも、僕にとっては滅多に味わえない最高の非日常。

弘南鉄道弘南線田んぼアート駅
長閑な夏の車窓とダイナミックな弘南鉄道の乗り心地を楽しむこと約30分、田んぼアート駅に到着。その名の通り、全国区となった田舎館村の田んぼアートの最寄りとして設けられた冬季休業の駅です。

田舎館村田んぼアート第2会場おかあさんといっしょ
早速入場券を買い、展望台へと登ります。すると目に飛び込む、昔懐かしいあのロゴ。僕の頃は、じゃじゃ丸ぴっころぽろりだったなぁ。自ずと脳内に、にこにこぷんのあのメロディーが流れます。

田舎館村田んぼアート第2会場の美空ひばり石アート
思わず童心に返りつつ歩みを進めると、そこには石で描かれた昭和の歌姫が。5年前にもここで見た石アートはその精密さを増し、着物の柄まで再現するという緻密さに絵画かと見まごうほど。

田舎館村田んぼアート第2会場の寅さん
美空ひばりが亡くなってから、もう30年かぁ。昭和から平成へと変わる前後、色々なことに変化が起きた気がする。電電公社や専売公社、国鉄が解体され、年号も変わり昭和のスターも亡くなって。幼いながらも、僕の記憶にはその時代の移ろいが刻まれています。

そして時代は、平成から令和へ。これから生まれてくる子供にとって、昭和とは僕らにとっての明治のような感覚になるのかもしれない。昭和後期生まれではありますが、この30年での変化には目まぐるしいものを感じてしまう。

そういえば、寅さんの映画ももう何年も見ていないなぁ。岩木山に見守られつつ遠くを見て微笑む姿に、昔懐かしい記憶がよみがえる。これから僕は、3つ目の時代を生きてゆく。何となく感じ始めた新しい空気に、自分の心持ちにも何かしらの変化を覚えるのでした。