ついに迎えてしまった、最終日の朝。船中3泊。旅立ち前は有り余る時間を愉しもうと思っていたのに、気付けばあっという間の濃密な船旅だった。

それにしても、本当に個室は快適すぎる。今朝も7時半までぐっすり熟睡。Tシャツ短パンに着替えて大浴場へと向かい、この旅最後となる洋上での湯浴みを噛みしめます。

船上での朝風呂という非日常をしかと味わい、湯上がりの散歩へ。低く垂れこめる雲の下、うっすらと横たわる渥美半島の影。そうか、もうここまで来てしまったのか。

大洗から苫小牧へ、そして仙台を経て名古屋へ。壮大だと思えたこの行程も、もうすぐ幕を下ろす。この旅で何度も何度も眺めた、去りゆく航跡。そのひと筋の道はいずれ海原へと還ってゆくが、僕のこころに描かれた航海の記憶は決して消えることはない。

甲板上で船旅ならではのあたたかい感傷に抱かれ、ちょっとばかりの寂しさを漂わせ自室へ。そんな僕を元気付けてくれる、北の朝ごはん。セイコーマートの紅鮭塩すじこをお供に、熱々のパックご飯を頬張る。そんな静かな時間が、とてつもなく愛おしい。

おいしい朝ごはんに満たされ、敷きっぱなしの布団にごろり。こんな怠惰に揺蕩えるのも、残すところあとわずか。うつらうつらと微睡みつつしみじみ浸っていると、きそはゆったりと右へと舵を切りいよいよ伊勢湾内へ。

名残を惜しむかのように、ぐっと速度を落として進む船。身支度を整え、広げた荷物をリュックにしまい。あとはもう、そのときを待つばかり。

先ほどまで強く降っていた雨も、まもなく入港というタイミングで小康状態に。急いでデッキへと向かえば、名古屋港はもう目の前。きそ、今回も最高の航海を本当にありがとう。曇天を突く凛々しいファンネルに、熱い想いがこみ上げる。

そしていよいよ間近に迫ってきた、名港トリトンのひとつ名港西大橋。いつもは航海の幕開けを飾る光景も、今日は船旅の終わりを告げる存在に。

名古屋発では日没後となるため、明るいなか船が橋をくぐる様子を見るのは今回が初めて。ファンネルと橋桁の思った以上の距離感に、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

苫小牧から遥か1,330㎞、39時間以上にもわたる航海がまもなく幕を閉じる。名港西大橋をくぐったきそは、意を決したかのように右へと舵を切る。

ゆっくりと、しかし確実に迫りくる終着の地。いつもは旅立ちの高揚感に包まれ眺めるターミナルも、今日の僕の眼には切なく映る。

背後から聞こえる無線のやり取りに航海の終焉を重ねていると、すぱーんという音とともにもやい銃が発射。

全長199.9mという巨体を、器用に岸壁へと寄せてゆくきそ。どんどん縮まる陸との距離に、この旅の想い出が走馬灯のように甦る。

そしてついに、音も衝動もなく名古屋港に無事接岸。大洗発、苫小牧経由名古屋行き。0泊4日、2,084㎞にもわたる壮大な船旅はこうして静かに幕を閉じた。

終わってしまった。きそとの豊かな時間が、ついに終わりを迎えた。2泊3日を過ごした愛する船との、確かな質量をもった分厚い記憶。ダメだ、なんだか泣きそうだ。凛と立つファンネルの雄姿に、万感の想いがあふれ出す。

すっかり愛着の湧いてしまった自室に戻り、荷物を背負いマーメイドクラブへ。徒歩下船がはじまるまで、この船との別れを惜しもう。

この旅を決めたとき、7年ぶりにきそと再会できることを素直に喜んだ。そして旅立ちを待つ間に流れてきた、新造船での代替決定。この船も、今年でもう21歳だもんな。そう頭では判っていても、こうして実際に乗船してみるとそれが本当に惜しくて堪らなくなる。

下船を待つ船客で賑わう階下とは裏腹に、長い航海を終え静けさに包まれるマーメイドクラブ。きそらしい優雅でぬくもりあふれる雰囲気に浸っていると、ついに徒歩下船開始。船員さんに見送られ、後ろ髪を引かれつつも陸上へ。
その時を迎える前に、また必ず逢いに来るからね。だから今日は、さようならは言わないでおこう。零れてしまいそうな切なさをなんとかこらえ、その優美な姿にまたの再会を強く強く誓います。
初めてフェリーと出逢った、東日本フェリー青函航路のびるご。二度目の恋は、初めての長距離フェリーとなったびくとり。そして人生初めてのゴールデンウイーク、そこで出逢ったきそに三度目の初恋をした。
これまで乗ったフェリーは、どれも善き想い出ばかり。そのなかでも、きそは僕にとって特別な存在。あのときこの船と出逢えてなければ、忙しさを理由に未だに船旅への想いに蓋をしていたかもしれない。
あの旅で僕は知った、願えば海路が拓けるということを。だからこそ、これが最後となるはずがない。もう一度、いや一度とは言わず二度三度。きそが最後のときを迎えるまで、できるだけ逢いに来よう。そんな決意にも似た思いを胸に、溢れんばかりの感謝を愛する船に伝えるのでした。



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