障子越しのか弱い光に起こされる朝。眠い目をこすりつつ、早速朝風呂へと向かいます。まだ朝日の届ききらぬ中、静かに浸かる湯野上の湯。そのとろりとした穏やかな浴感に身を委ね、体も頭も目覚めゆく感覚をじっくりと味わいます。
初めて訪れた湯野上温泉ですが、本当に優しく穏やかできれいな湯。惚けるようにのんびりお湯に揺蕩っていると、あっという間にもう朝食の時間。昨晩はあれだけ一杯だったお腹も、すっかり空腹になっています。
食卓に並ぶ、たくさんのおいしそうなおかずたち。切り干し大根やひじきの煮物は手作りの優しい味わいで、玉子焼きは僕好みの丁度良い甘さ。焼鮭や茹でたてのウィンナーも揃い、熱々のご飯がどんどん進みます。
そして何より印象的だったのが、見るからに具だくさんのお味噌汁。きのこに根菜、白菜と、お椀の中にぎっしりと野菜が入っています。ひと口啜ればふわっと広がる、それらから染み出た旨味や甘味。必要十分の味付けにより、素材の味わいが存分に活きています。
1日4組、源泉かけ流しの貸切風呂に食べきれないほどの手作りのおいしいご飯。くどいようですが、これで1泊7,000円台。宿泊者としては嬉しいものの、もう少し取ってくれてもいいのにと、ちょっとばかし申し訳なくなるくらい。若松への経由地は、もうここで決まりだな。そんなことを思いつつ、いなりやさんを後にします。
帰りは優しい雰囲気のご主人に送っていただき、あっという間に湯野上温泉駅に到着。雪国の情緒を体現したかのような姿をもう一度眼に焼きつけ、待合室へと入ります。
これまで何度も車窓から見送った湯野上には、こんな体験が待っていたなんて。囲炉裏端に満ちる火の香りは、ここでの一夜の記憶を嗅覚を通して強く胸へと刻み込むかのよう。
いつもは通過するだけだった場所に、こうして想い出が増えてゆく。旅において必ず発生する移動というものを、点と点を結ぶものではなく「線」として味わいたい。そう考える僕にとって、こんな経験こそが旅の醍醐味なのかもしれない。
旅を始めたころは、まだ見ぬ旅先に心は向かうばかりだった。それがいつしか車窓の先に思いを馳せ、実際に訪れてみて想い出の地となり。おかげさまで、今ではそんな場所もだいぶ増えてきた。そしてここ湯野上も、きっと次通るときにはこれまでとは違う姿に見えるだろう。
鉄路を結ぶ旅の悦びにひとり静かに浸っていると、軽やかな唸りを響かせ1両編成のディーゼルカーが到着。やっぱりいい。緑鮮やかな季節も清々しいけれど、雪に輝く会津鉄道も、やっぱりいい。
カタン、コトン。単行ならではのリズムを刻み、会津盆地へと向け駆け下り続ける小さな気動車。車窓に流れるのは、穏やかな面持ちの会津の山並みに、それを鮮烈に際立たせる冬の青空。
阿賀川の刻む谷を縫うように走る会津鉄道。先ほどまで線路に近かった山々もいつしか遠のき、それに替わって広がる雪原。それはもう、会津盆地へと入った合図。ここまで来れば目的地はもう少し。名残を惜しむかのように、残りわずかとなった車窓を味わいます。
これまで幾度か乗った会津鉄道も、この季節に乗車するのは初めてのこと。初めて見る南会津の銀世界、初めて下車した湯野上温泉。知っているつもりでも、季節や立ち寄る場所が変わればまた新たな一面に出逢うことができる。今回の旅でより一層好きになった会津鉄道に、旅の前半ながら早くも離れがたいという感傷を胸に抱くのでした。
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