山峡の宿で迎える静かな朝。大きな窓に輝く白銀に起こされ、寝ぼけまなこをこすりつつ朝風呂へと向かいます。
大きな湯船から絶えず立ち上る、分厚い湯けむり。それを蹴散らすかのように吹く、朝の冷たい風。一瞬だけ視界が晴れれば、そこには一面の銀世界。あぁ、堪らない。四季折々露天風呂の良さはありますが、冬の雪見風呂の味わいは格別。
朝から至福のひとときに包まれ、心身の芯まで温まったところで朝食の時間に。今朝の献立も、焼魚や煮物、きんぴらに納豆と、これぞ日本の朝ごはんといった品々。ほかほかの白いご飯と共に味わえば、そのおいしさが温泉で空っぽになった体へと沁みてゆきます。
食後のお腹を落ち着け、黄金の湯に別れを告げるべく最後の一浴へ。全身の毛穴という毛穴に鉄分をしっかりと補給し、湯の残り香を纏いつつ宿を後にすることに。その前に、もう一度だけ横谷の銀世界を眼に心にと焼き付けます。
帰りも送迎バスに乗車し茅野駅へと向かいます。山道を下るにつれ、段々と弱まりゆく白銀の輝き。人家が増えたと思った頃にはすっかり雪も消え、先ほどまでの銀世界が幻であったかのよう。
東口に佇むC12に別れを告げ、反対側の西口へ。駅前のターミナルより、『アルピコ交通』の岡谷駅行きバスに乗車します。ちなみにこの路線、平日のみ運行。ですが1時間に1本程度走っているので、下諏訪方面への足として便利な路線です。
茅野駅から上諏訪駅を経て国道20号をひた走ること30分ちょっと、春宮大門バス停に到着。交差点では早速立派な鳥居がお出迎え。ここから、いつかはと想い続けてきたあの神社へと向かいます。
小雪舞う中歩く道。ふと足元に目をやれば、凍てつく用水路に封じ込められたひとつ前の季節。こんな小さな発見に出逢えるのも、車を使わない旅だからこそ。
一直線に伸びる参道を進んでゆくと、突如現れる屋根付きの立派な橋。この下馬橋は、なんと室町時代に建てられたものだそう。参道が車道に変わってもなお、神様の通り道として優美な円弧を描き続けています。
バス停からのんびり歩くこと10分、諏訪大社下社春宮に到着。御影石で造られた大鳥居と、その奥に広がる深い森。雪のちらつく冬空が、その荘厳さを一層際立たせるかのよう。
大鳥居をくぐり参道へと足を踏み入れると、一気に訪れる静寂の世界。お社を包む木々の中、ひときわ目立つ大きな杉の御神木。2本の幹が根元で交わるため、結びの杉と呼ばれています。
参道の先には、太い注連縄が印象的な神楽殿が。その背後を護る木々の高さに、古くからこの地が大切にされてきたことが伝わるよう。
神楽殿の奥、大きく広がる立派な拝殿。中央の幣拝殿から左右に拝殿が広がる造りは、この地ならではの様式なのだそう。檜皮葺の渋い色味の社殿を彩る、黄金に輝く金具。荘厳さを一層印象付けるような色彩の対比に、思わず背筋が伸びてしまう。
そしてこちらが、かの有名な御柱。この一之御柱から時計回りに、社殿を囲むように4本建てられているのだそう。7年に一度、建て替えられるこの御柱。人々が命を懸けてまで1200年以上も守り続ける奇祭を知ったのは、小学生の時だった。
その時に受けた衝撃は、今も忘れることなく記憶に残っている。それ以来、いつかはと想い続けてきた諏訪大社。願いが叶い、今回ようやくこうしてお参りすることができた。そのお礼を、見事な彫刻に彩られた渋い拝殿で伝えます。
静寂の中お参りを終え、境内を抜けて西へと進みます。途中、二股に分かれた川の中央に浮かぶ小さな島が。この浮島は、どんな洪水でも流されなかったという下社七不思議のひとつに数えられているのだそう。
その浮島を囲むように流れる砥川。写真ではなかなか伝わりにくいですが、とてつもなく清らかなな水が滔々と流れてゆきます。
砥川を渡り凍った足元に注意しつつ進むと、大きな自然石の体に小さな頭を持つ独特な姿の石仏が現れます。万治の石仏と呼ばれるこの石仏は、360年以上前に造られたものだそう。
どことなく、柔和な雰囲気を醸す万治の石仏。その穏やかな表情は、見る者の心まで鎮めてくれるよう。願い事を心の中で唱えながら時計回りに三周すると、願いを叶えてくれるのだそう。
早く平穏な日々が戻りますように。以前の当たり前のありがたみが身に染みた今、一番叶えてほしい僕のお願い。そんな願い事を、ずっと眺めていたくなるような優しい表情をした仏様に託すのでした。
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