秘湯で迎える静かな朝。昨晩からの雪は夜通し降っていたようで、目覚めればあたりは一面の銀世界。一層深くなった雪に覆われるかのように佇む大正棟が、今自分が非日常にいるということを強く実感させます。
6時過ぎに目が覚め、ぬるいぬるいお湯に身を任すという贅沢。栃尾又のお湯だからこそできる長湯を朝から楽しみ、お腹もすっかり空いたところで朝食の時間。テーブルには美味しそうな品々が並びます。
皮までパリッと焼かれた鯖は香ばしく、切り干し大根は濃すぎず薄すぎずの丁度よい塩梅。お味噌汁には甘く食感の良い太ねぎがたっぷりと入り、明太おろしは熱々のご飯に間違いなしの美味しさ。
そして僕にとってのメインがこれ、栃尾又温泉名物のラジウム納豆。大粒の新潟県産大豆を栃尾又の源泉に浸し、それを地元の納豆屋さんが納豆として仕上げたという逸品。
大粒ながら硬くなく、ご飯の邪魔をしない程よい存在感。豆の味がとにかく濃く、そして納豆には欠かせない香りがまた堪らなく旨い。これをつやっつやのこしひかりに合わせれば、あぁ日本に生まれてよかった!と心底思えること間違いなし。
美味しいおかずと納豆卵でたらふくご飯を食べ、デザートに自家製ヨーグルトを。これがまた美味しく、もちもちとした弾力が印象的。朝から丁寧に作られた美味しいご飯を食べられる。旅先で味わえる大きな幸せのひとつです。
一杯になったお腹を落ち着けたところで、予約していた貸切露天風呂の時間に。うけづの湯という名前の由来は、対岸の山から来ているそう。
肌馴染みのよいさっぱりとしたお湯。うけづ山の麓から湧き出た源泉は適温に加温され、雪舞う寒さとの対比を一層鮮やかに味わわせてくれます。
雪見露天というこの国この時期ならではの贅沢を愉しみ、部屋へと戻り午前のビールを。この自堕落を一度味わってしまうと、もうやめられない。連泊した者だけに許される愉悦のときが、古き良き部屋を静かに包み込みます。
何をするわけでもなく、ただだらだらと過ごす穏やかな時間。時計が同じ速度で回っているとは思えないほどゆったりとした時の流れを楽しみつつ、気が向いたところで再びお風呂へ。
この日の男湯は、3年ほど前に新しくできたというおくの湯。近代的な造りのうえの湯と同じ建物にありますが、したの湯のイメージを踏襲したような落ち着いた雰囲気。
シックな雰囲気の中ひたすらぬる湯の感触を味わう時間は、自分の中の何かと対峙する時間でもある。そんな妄想を抱かせるほど、栃尾又のお湯には心身をほどく力が宿っています。
ぬる湯ならではの浮遊感、一体感を心ゆくまで味わい、部屋へと戻ります。時刻はちょうどお昼どき。昼食をとろうかとも思いましたが、それほど空腹感も無かったので新潟名物をつまむことに。
酒飲みの良き友である柿の種。その元祖と言われる浪花屋製菓の大辛口柿の種が昼酒のアテ。普段食べる柿の種とは全く違い、大ぶりの見た目通りしっかりとした歯ごたえ。噛めばお米の旨さとともに広がる、唐辛子の鮮やかな辛さもまた印象的。
新潟の米菓の旨さに合わせるのは、これまた新潟のお米の恵み。小千谷市は新潟銘醸の純米にごり酒冬将軍を開けます。このお酒は以前にも飲んでとても気に入ったお酒。わくわくしながら口へと運びます。
ひと口ににごり酒と言っても、味も濃さも千差万別。この冬将軍はその見た目通り、これでもかとお米が溶け込んだ重湯のような濃厚さ。味も甘味や酸味をしっかりと感じ、それでいて嫌なアルコール臭さやもたれ感は全くなし。
真っ白ににごる冬将軍片手に、障子から漏れる雪の明るさに浸る午後。これを幸せと言わずして、何を幸せと呼べばいいのか。旅という、一生ものと思えるかけがえのない趣味。それに出会えたことへの歓びが、昼酒を一層旨くしてくれます。
もう心は冬一色。越後の山奥で雪に抱かれ過ごす午後は、その寒さと反するように気持ちをどんどん温めてくれる。そして体も温めたくなれば、風呂へ行けばいいだけのこと。
そんな静かな午後の湯浴みに選んだのは、貸切風呂のたぬきの湯。表情の違う石材を組み合わせて造られた浴場はシンプルな味わいがあり、一面にとられた大きな窓から溢れる雪の白さが一層映えるよう。
こちらも源泉を適温に加温し掛け流し。自分のためだけに溢れるラジウム泉に身を委ねながら愛でる雪山は、冬という季節を一層好きにさせてくれるような清純な美しさに溢れています。
瞬間瞬間はゆったり感じていても、楽しい時間というものはやはりあっという間に過ぎるもの。気が付けばあたりは暗くなり、栃尾又での二晩目を迎えようとしています。
飲みごたえある冬将軍を少し飲んだと言えども、お昼を抜いたのでお腹はもうペコペコ。夕食の時間となり食堂へと向かえば、今夜も美味しそうな料理が迎えてくれます。
今宵も緑川片手に、静かな晩酌を。ピーマンのたらこ炒めにはしらたきが合わされ、僕の大好物の食べ方に思わず頬が緩みます。お隣のポテトサラダはほくほく感となめらかさが絶妙で、手造りの温かみを感じる美味しさ。
たっぷりと盛られたおでんにはしっかりとだしが浸みこみ、緑川を一層進めてくれます。カレイの甘酢あんかけは、ふっくらと揚げられたカレイに絡むあんの心地よい甘酸っぱさがこれまた美味。
美味しいおかずたちで地酒を味わい、〆に豚汁と魚沼産こしひかりで腹固め。つやつやもちもち甘々のごはんと、新潟の味噌の美味しさを感じさせる豚汁の相性の良さは言わずもがな。
予約時には4品で満足できるかな?と少々心配していましたが、ボリュームも内容も、そして味の変化のバリエーションも申し分なし。どうしよう、自在館、連泊で絶対また来てしまいそう。再訪の予感に包まれつつ、大満足で食堂をあとにします。
すっかり憑りつかれてしまった、連泊の持つ魔力。東京から普通列車で来られる距離に、こんないい宿があるなんて。8年前の記憶を上回る自在館の魅力を噛み締めつつ、冬将軍片手に静かに夜は更けるのでした。
コメント