福島駅から送迎バスでぐんぐんと山を登ること30分、高湯温泉は『旅館玉子湯』に到着。5年ぶりとなる再訪に、懐かしさとともに時の流れの速さを感じます。
早速チェックインし、お部屋へと向かいます。今回は、一人利用では和ツインが用意されていたのでこちらを予約。適度な硬さの快適な寝心地のベッドに、足元に感じる畳の感触。滞在中、とっても快適に過ごすことができました。
大きな窓を開け見下ろせば、そこにあるのはこの宿のシンボルともいえる玉子湯。あぁこの世界観、堪らない。しんしんと降る雪の中、白銀に埋もれ佇む渋い湯屋。この眺めだけでも、心が火照ってしまいそう。
下流側へと目を移せば、源泉の流れる川沿いに建つ湯屋の姿。その屋根にはこんもりと雪を頂き、ここでの幸せな湯浴みは約束されたも同然。
深い雪に居ても立っても居られず、浴衣に着替え早速温泉へ。1階の玄関を出ると、この宿の象徴でもある明治元年築の湯小屋玉子湯がお出迎え。小さな湯小屋を護る、分厚い茅葺屋根。その間から溢れる湯けむりといった姿に、早くも心が絆されます。
渋い湯屋での湯浴みは後のお楽しみに取っておき、雪見露天を楽しめる天渓の湯へと向かうことに。それにしても、今回もすごい積雪。茅葺や岩に積もる何層もの雪が、この地が日本の背骨に位置していることを物語るよう。
※この写真は2017年に撮影したものです
浴場での撮影は禁止になっていたので、ここからは2017年に訪れたときの様子を交えてお伝えしたいと思います。
天渓の湯は男女別となっており、日替わりで男湯と女湯が入れ替わります。この日は、大きな浴槽が2つ並ぶ右側が男湯。奥の浴槽には源泉がドバドバと掛け流され少し熱め、手前の浴槽は浅めの温めになっています。
※この写真は2017年に撮影したものです
白濁した湯に肩まで浸かれば、肌を包む心地よい浴感。酸性・含硫黄(硫化水素型)アルミニウム・カルシウム硫酸塩温泉のお湯はpH2.7ですが、肌を刺す感じはなくとてもシルキーな肌触り。湯けむりからは玉子湯の名の通り硫黄の香が漂い、にごり湯の色と共に硫黄泉の醍醐味を味わわせてくれるよう。
心身の隅々まで雪景色と硫黄分を補給したところで、部屋へと戻ります。その道中、目を悦ばせてくれるこの眺め。舞う雪の中ぼんやりと明かりを灯す明治生まれの湯屋は、まさに幻想的のひと言。
ベランダへと出て、早速湯上りの冷たい至極を。モノクロームの世界をつまみに感じる、喉への刺激。あぁ、幸せだ。こんな時間が2泊も続くなんて。そう考えるだけで、その嬉しさに胸が苦しくなってくる。
そんな幸せな時間はあっという間に過ぎるもので、滝の湯で汗を流したらもう夕食の時間に。きれいに盛り付けられたおいしそうな品々が並びます。
左上の先付は、赤貝と千社唐の辛子黄身酢和え。千社唐のしゃきしゃきとした食感と赤貝の風味が、まろやかな黄身酢と相性ピッタリ。あん肝ぽん酢ジュレやサーモンの棒寿司、鮑やたこの串といった色々な味を楽しめる前菜に、地酒も自ずと進みます。
お造りは、本まぐろや鱈の昆布〆、やりいかにぼたん海老と贅沢なラインナップ。もちろんそれぞれおいしく、ここが奥羽山脈の懐であることを忘れてしまいそう。
続いて温かいお料理が運ばれてきます。焼物は、鰤味噌幽庵焼き。凝縮されたほっくりとした身には味噌の旨味が宿り、じんわりとした旨さが地酒を誘います。
揚物は、海老芋揚げ出し。ねっとりとした海老芋と、上品な味付けのわさび風味の餡の取り合わせが美味。そのお隣の棒ダラ旨煮はほろりとした食感と共に広がる凝縮された旨味が味わい深く、そのだしを吸った福島県産の玉こんにゃくがまた堪らない。
湯気が上がりちょうど蒸しあがったのは、玉子湯蒸籠蒸し。豚の下にはたっぷりのきのこや野菜が隠れています。そして今日も出ました、はやま高原豚。やっぱりこの豚、旨いんだなぁ。しっとりと柔らかな身質に宿る白身の甘味を、さっぱりとした塩ポン酢が一層引き立てます。
そして〆に運ばれてきたのは、蟹ご飯と天然なめこの赤だし。薄味に炊き込まれた蟹ご飯は風味がよく、ちょどよい塩梅の赤だしを相棒にお箸が進みます。そして添えられたお漬物も美味。程よい酸味の山ぶどう大根漬けや、きゅうりとにんじんを紫蘇で巻いた胡瓜の華など、山里の味わいが華を添えてくれるよう。
最後にデザートで〆、大満足で夕餉を終えます。前回宿泊したときも思ったのですが、こちらのお宿はご飯がおいしい。お湯良し、部屋良し、眺め良し。そして味まで良いときたら、また来たくなるに決まっています。
一杯になったお腹も落ち着いたところで、今宵の供を開けることに。まず1本目にと選んだのは、郡山は渡辺酒造本店が造る純米大吟醸雪小町。宇宙へと渡った酵母を使用したというお酒は、心地よい酸味を感じるすっきりとした辛口の飲みやすいお酒。
やけに夜空が明るいとベランダへと出てみれば、雪の上がった空に輝く真っ白な月。その明るさに雲や山の木々まで照らされ、都会の夜空とは全く違う明るさに彩られています。
※この写真は2017年に撮影したものです
東北復興宇宙酒に酔い、見上げれば眩しいほどの月が居て。そんな高湯での夜を一層深めてくれる、渋い湯小屋での静かな湯浴み。明治生まれの茅葺に抱かれ浸かる湯は、その穏やかな浴感と共に心の隅々まで沁みわたるよう。
玉子湯で静かな夜の波間に揺蕩い、部屋へと戻り宴の続きを。続いて開けたのは、会津若松の花春酒造、結芽の奏純米大吟醸。穏やかで飲み飽きしない、するりと飲めるおいしいお酒。
湯に溶け、酒に酔い、気が向いたら天を仰ぎ。幸せだ。掛け値なしに、理屈なしに幸せだ。日常であまり感じることのないこの感覚を、思い出したいから旅に出る。
吾妻山の懐に抱かれる高湯の夜。5年ぶりの逢瀬を、夜空に輝くオリオン座がそっと見守るのでした。
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