古くから港町、そして塩の道の起点として栄えてきた糸魚川。初めての街歩きで冬の日本海側の情緒に染まり、いよいよ念願だった大糸線の非電化区間へ。ホームに佇む1両編成の小さな気動車に乗り込みます。
心地よいアイドリングの音を聴きつつ待つことしばし、ついに発車の時刻に。エンジン音を高鳴らせ、キハ120は南小谷に向け発車。民家や工場の並ぶ市街地を抜け、いつしか車窓は水墨画の世界に。
姫川の刻む狭い谷を、川や国道148号と絡み合いながらゆっくりと進んでゆく大糸線。姫川を挟んで対峙する国道は長大なスノーシェッドで覆われ、それに負けず劣らず鉄路の方もスノーシェッドやトンネルの連続。
よくもまあこんなところに鉄道を通したものだ。あまりにも険しい地形と豪雪地という条件に、鉄道、車道ともに通年の交通を確保することの厳しさがひしひしと伝わってくる。
谷という限られた空間を、辛うじて縫うように進む鉄路。勾配や曲線に制限を受ける鉄道らしく、進める場所を探して右岸と左岸を行ったり来たり。
姫川を渡る鉄橋からは、ガチガチに固められた山肌と護岸の姿が。暴れ川として名高い姫川、そしてフォッサマグナの西縁である糸魚川静岡構造線のもたらす地質や地形の厳しさ。白い雪に覆われていても隠しきれない、人と自然との戦いの歴史。
鉄道と車道、そして川しかない幽玄の世界を縫う大糸線。連続するスノーシェッドとトンネルの合間から見えるモノクロームの車窓に浸っていると、昭和13年生まれの大網発電所が現れ再び人家が見えるように。
車内に流れる、駅到着を知らせるワンマン放送。あぁ、もうすぐ着くな。そう思い窓の外を眺めていると、これからお世話になる宿の姿が。渋い、渋くていい。ここで過ごす二夜に期待を膨らませ、荷物を担ぎ到着を待ちわびます。
程なくして、列車は誰もいないホームに到着。僕ともう一人の乗客を残し、エンジンの音を轟かせて出発してゆくキハ120。ゆっくりと走り去ってゆくその姿を、何とも言えぬ感傷を抱きつつ見えなくなるまで見送ります。
糸魚川駅から走ること36分、姫川温泉の最寄り駅である平岩駅に到着。周囲に人家はあれどお店は見あたらないので、何か必要なものがある場合は乗車前に用意しておく必要があります。
駅から宿までは歩いて5分もかからない距離。そぼふる冷たい雨を感じつつ、単線の鉄橋や姫川の流れ、そして対岸に佇む宿の姿を眺めながら歩きます。この辺りは、姫川が信越国境をなす一帯。平岩駅は新潟県に位置しますが、この先橋を渡り長野県は小谷村へと入ります。
宿の前を一旦通り過ぎ、まずは姫川温泉の名物である湯滝にご挨拶。姫川の上流から引いてきた温泉の貯湯槽からは余った源泉がどぼどぼと落とされ、山肌には絶妙な色合いの析出物が。
豪快に立ちのぼる湯けむりから漂う、硫黄の香。湯滝の下にこんもりと鎮座する、大きな析出物。これからこの湯と、2日間も戯れるんだ。そう思うだけで、湯けむりの如く空へと昇るような気分に包まれるのでした。
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