逆光により、より一層荘厳さを増す天守。その迫力を全身に受け止め、優美さを眼に心に灼きつけたところでいよいよ内部へ。その前に、もう一度だけ見上げるその姿。聳え立つ天守の放つ威厳に、改めて軽い身震いすら覚えてしまう。
外観の重厚さもさることながら、内部に宿る歴史の重みもまた圧巻のひとこと。木や土といった自然の素材のみで造られている天守は、風雪や地震にも負けず戦国時代から生き続けています。
太平の世が訪れる前、戦の時代に建てられた松本城。象徴としての天守ではなく実践を想定した造りとなっているため、石落や狭間といった攻守のための装備が随所に見られます。
順路に沿って様々な展示物が並びますが、その合間からは往時の空気感を残したままのような空間も。重厚な柱や梁には古の工具の跡が残され、職人の技によりこのお城が支えられていることが伝わるよう。
堅牢な守りで固められている天守閣ですが、数ある武者窓からの光で内部は意外と明るい空間に。陽射しに照らされ格子の木材に浮かびあがる、職人の手仕事のうつくしさ。
武者窓から外を望めば、至近に迫る乾小天守。間近で眺める黒漆の艶やかさに目を奪われていると、屋根瓦に佇む二羽の鳩。その様子からは、仲睦まじさが滲み出ています。
現存天守らしい狭く急な階段をひたすら登り、五重六階の大天守最上階へ。天井を見上げれば、重たい屋根を支える幾多もの木材が。この放射状に廻らされた桔木が、てこの原理を用いて軒が下がらないように支えています。
優美な姿を支える骨組みの無骨さに圧倒され、視線を床へとむければ四方を廻る一段高くなった部分が。当初はここが外壁となり外に勾欄が廻らされる予定でしたが、信州の厳しい冬に鑑みて設計が変更されたのだそう。
五重六階を誇る松本城の大天守。その高さから、平城ながら最上階からの展望は壮観なもの。格子の隙間から外を覗けば、西日に染まりつつある青空の下連なるアルプスの山並み。
空を染める金と青のグラデーション、そのパステルのなか横たわる白銀の稜線。太古の昔から変わらぬ雄大な眺めを胸いっぱい吸い込み、急な階段をたどり下層へと向かいます。
ひとつ下の5階には東西南北に破風が設けられ、その隙間から城の全方位を見渡せるように。戦の際には、作戦会議を開く場として考えられているそう。
千鳥破風と唐破風の内部構造の違いを楽しみ4階へ。この御簾で仕切られた空間は御座所といい、お殿様が天守に入った際の居場所であったそう。
その下の3階は他の階とは一変し、ほとんど明かりのないほの暗い空間。二重目の屋根が周囲を廻っているため、南側の千鳥破風が唯一の明り取りとなっています。その造りから、戦時は倉庫や避難所として使われたそう。
戦国時代に大天守と乾小天守が築かれた松本城。そこから飛び出るように続く辰巳附櫓と月見櫓は、江戸時代に増築された部分。ここを境に、天守のもつ性格が変わります。
戦に備えた要塞としての大天守から、太平の世に築かれたもてなしのための月見櫓へ。その間をつなぐ辰巳附櫓には、優美な形をした花頭窓が設けられています。
先へと進むと、家光公を迎えるために造られたという月見櫓へ。三方ぐるりと開口部が設けられ、名月の頃にはこの戸を外して月を愛でたのでしょう。
月見櫓の周囲には、外からも目立つ朱塗りの刎ね勾欄が。お堀にせり出す月見櫓からの眺めは、船に乗っているかのような感覚も。
戦の世も終わり、太平の世に造られた月見櫓。その贅沢な造りから望む、質実剛健な大天守。戦国時代と江戸時代の対比が、ここに凝縮されているかのよう。
10年ぶりに内部を見学した松本城の天守閣。現存天守だからこそ味わえる濃密な空気感に触れ、一層このお城を好きになる。
430年以上も、この地に聳え続ける黒い天守。その内側に秘められた重厚な空間と信州の壮大な景色を胸に、初恋の城との逢瀬を噛みしめるのでした。
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