東京駅から列車を乗り継ぎ駆けること4時間20分、夏真っ盛りの弘前駅に到着。今年もこうして、無事にこの地へと帰ってくることができた。東北の夏を感じられるだけでも、遠路はるばるやって来た甲斐がある。
それにしても、今年の弘前は一段と暑い。駅を出た瞬間、肌をじりじりと灼く強い陽射し。気温も東京と変わらぬくらいの体感で、異常な暑さに遠くの岩木山もゆらゆらと揺れて見えてきそう。
大汗を掻きながら1年ぶりの弘前の街を歩き、20分程で今宵の宿である『小堀旅館』に到着。木造の重厚感溢れる佇まいが印象的なお宿です。
ねぷた期間中にもかかわらず、ひとり利用の1泊朝食付きで1万円を切るという良心的価格。全室にバストイレが付いており、さらに大浴場まで完備。今回利用した洋室シングルも快適なお部屋で、本当にこのお値段で良いのかと申し訳なくなってしまうほど。
大浴場で旅の汗をさっと流し、涼しい部屋でクールダウンしたところで早めの夕食へ。どこへ行こうかと悩みましたが、宿からねぷたの運行する土手町へと向かう途中に位置する『夢地』にお邪魔することに。
このお店を訪れるのは、7年ぶり3度目。あのときから、もうそんなに経ってしまったのか。時の速さに戸惑いつつ、まずはお通しをつまみに冷たいビールをグイっと。
程なくして、頼んでいた二品が到着。早速おいしそうな帆立のお刺身から。肉厚な貝柱はプリッと甘く、添えられたひもがまたコリコリとした食感と濃い風味が美味。濃厚な貝の旨さに、すぐさま津軽の酒に切り替えます。
つづいて、このお店に来たら食べたい名物のなすのしそ巻きを。東京ではまず見ることのない大判の大葉で、味噌で味付けされたなすが包まれています。ひと口頬張れば、口中に広がるなすのジューシーさと大葉の爽やかさ。それを見事にまとめる味噌のコクが、際限なく地酒を誘います。
続いて頼んだのは、郷土料理であるイカメンチ。表面はこんがりきつね色、中はもちっとふっくら。揚げたてを頬張れば熱々の湯気とともに野菜やいかげその旨味が溢れ、素朴ながら豊かな凝縮感に自ずと頬がほころびます。
ボリュームあるイガメンチをつまみに地酒をおかわりしていると、お腹も時間も良き具合に。7年ぶりに味わう手作りの味に津軽の夜を噛みしめ、大満足でお店を後にします。
ほろ酔い気分で薄暮れの街を歩いていると、遠くからおいでおいでと誘う音。居ても立っても居られず早足で土手町の通りへと向かえば、祭りの始まりを告げる津軽情っ張り大太鼓がちょうど目の前に。
ダン、ダダンダンダン。腹の底へと津軽のうねりを伝える太鼓、夏の夜を儚げに彩る笛の音。それに合わせて響き渡る、人々の奏でるやぁーやぁどぉー。ようやく、本当にようやくこの夏が帰ってきた。数年ぶりに包まれるこの空気、無条件に嬉しさがこみあげる。
2年間の休止を経て、3年ぶりに合同運行が再開された去年のねぷた。津軽の夜空を染める灯りの洪水が復活した歓びを、しみじみと噛みしめたことがつい昨日のことのよう。
そして今年は、その歓びは一層深いものに。大小のねぷたを曳いて歩く大勢の曳き手に、沿道を埋める数多もの観客たち。人が、熱気が、そして歓声が戻ってきた。
なんだろう、無意識のうちに泣きそうになる。一目惚れして以来、通い続けて12年。僕がねぷたに魅かれる理由や理屈なんて、どうでもいい。反射的に胸を突き動かすこの感情と、ようやく再会することができたのだから。
津軽の夜を燃やす火祭り。その熱源は、ねぷたの放つ灯りと色彩の眩さだけでは決してない。静けさの中運行された去年を経験したからこそ、人々の放つ想いがねぷたに命を吹き込んでいるのだと改めて感じることができる。
道幅いっぱいに、ゆっくりと進むねぷたの行列。お囃子やヤーヤドーの掛け声を響かせながら、粛々と過ぎゆく荘厳な姿。そこからは、内に秘めたる静かなる熱量というものを感じずにはいられない。
この祭りの持つそんな独特な空気感、世界観に、僕は心を動かされるのかもしれない。その熱さは、燃え上がる炎というよりも、決して消えることのない熾火のよう。
次から次へ、整然と連なる眩いねぷたたち。迫りくる鏡絵の勇壮さに圧倒され、過ぎゆく鏡絵に夏の短さを儚む。眼前で繰り広げられる光の絵巻は、そうして段々と熱を帯びてゆく。
夜空にこだまするヤーヤドー、それに呼応するかのように強まりゆく観客の歓声や拍手。人の生み出す活気や熱気に、道行くねぷたはより一層色味を増してゆくのでした。
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