たんや善治郎で牛たんの豊かな表情に満たされ、お隣のツルハドラッグで水を買い港へと戻ることに。港湾地帯らしい景色のなか歩いてゆくと、だんだんとその存在感を増してゆくきそ。何度見ても、このビルのような巨体が動くなんて信じがたい。

ターミナルに着くと、ちょうど乗船がはじまる時刻。船旅への高揚感をまとう仙台からの乗船客に紛れ、ひと晩過ごしすっかり慣れ親しんだ船へと帰ります。

自室に戻り敷きっぱなしの布団でぼんやりしていると、出航15分前を知らせる銅鑼の音が。古から連綿と受け継がれてきた、船出の儀式。太平洋フェリー、お前は本当に憎い奴だ。魂を揺さぶる音に駆り立てられ、出航を見届けるべくデッキへと向かいます。

ランプウェイがゆっくりと収納され、がっちり閉扉。しばらくすると係船杭からロープが外され、するすると巻き上げられてゆく。もうまもなくだ。この旅最後の航海が、もうすぐ始まる。

足元に伝わる機関の響きが強まったかと思えば、きそは名古屋を目指しゆっくりと離岸。あぁ、東北と離れてしまった。さようなら、また逢う日まで。船旅に染みついた深い旅情が、愛する地との別れを一層切なくする。

左舷側へと移れば、巨大なきそをぐいぐいと曳いてゆく一艘のタグボート。いつもは夜に出港を迎えるため、こうして明るいなか見るのは初めて。

まさに小さな巨人。毎度のことながらその力強さに感嘆の声を漏らしていると、ついにロープは切り離され水音とともに海面へ。

199.9mという巨体を回頭させるという大仕事を終え、涼しい顔をして帰ってゆくタグボート。この小さな体で、一体どれほどの馬力が出せるのだろう。

ふたたび太平洋を目指し、ゆっくりと港内を進んでゆくきそ。デッキから港らしい武骨な景色を眺めていると、海風に乗って聞こえる汽笛の合図。目の前の巨大なタンカーの接岸を、5艘のタグボートが力を合わせてサポートしています。

一隻の船を動かすために、陸上船上そして海上とさまざまな人々が携わる。距離や時間といった、物理的なものもあるだろう。しかしそれ以上に、その力や技なしでは成し得ぬものだからこそ、船旅にはこころを動かす何かが宿るのだろう。

湯上がりのクラシック片手にそんなことを自室でぼんやり考えていると、まもなく姉妹船いしかりとすれ違うとのアナウンス。太平洋フェリーの名物ともいえる、僚船との反航。お互いの航海の安全を願い、交わされる長い汽笛。その重厚な響きが、魂の奥深くを強く揺さぶる。

きそといしかり、姉妹同士の一瞬の再会。汽笛の余韻に浸っていると、いつしかうたた寝。気持ちよくふと目が覚めたところで、気の向くままふたたび大浴場へ。

洋上での湯浴みという至福の贅沢に身もこころもすっかり熱くなり、海風を浴びるべく甲板へ。するとさきほどまでの雨はどこへやら、海原を黄金に染める西日の輝き。

陽射しは強いが、空気はからっと。風も空色も浮かぶ雲も、秋がもうすぐそこまで来ていると教えてくれる。

群青色の太平洋、そこにのびるひと筋の航跡。これを浪漫と呼ばずしてなんと呼ぼう。この瞬間に逢いたいがために、こうして船との逢瀬を重ねてしまう。それほどまでの魔力が、この情景には込められている。

船尾側の甲板には、階下のレストランの明かり取りを囲むように4基のベンチが。これこそが、僕の思うこの船の大きな魅力のひとつ。

8年前、人生初のゴールデンウイーク。あの日と同じ、青い空に青い海。あのときここで過ごした時間が、ふたたび僕の海路を拓いてくれた。

あの旅に出逢えなければ、この幸せを知らずにいたのかもしれない。その時はその瞬間を偶然だと思っていても、あとから思い返してみれば必然なのかもしれない。旅することは、一期一会。その瞬間たちの積み重ねが、今、そしてこれからの僕の旅路を紡いでゆく。

はぁ、しあわせだ。これまで経てきた時間、重ねてきた旅。そして素直にそう思える、今というこの瞬間。万感の想いに思わず天を仰げば、高い空に浮かぶうろこ雲。

秋の気配漂う青さに存分に染まり、ふたたび自室でのんべんだらり。「何もしない」を愉しむ。そんな船旅だからこその贅沢に身を委ね、夕食前にもうひとっ風呂。

この旅最後のクラシックを携え、ふたたびベンチへ。お気に入りの居場所に佇み、湯上がりの冷たい苦味を噛みしめつつぼんやり眺める夕刻の空。秋雲からのびる天使のはしごが、おだやかな海原を金色に染めてゆく。

太平洋をゆったり進む船、同じくゆっくりとしかし着実に沈みゆく夕陽。時が経つのも忘れそのうつろいにこころを奪われていると、雲間から顔を出した太陽が一瞬にして世界を茜色に。

加速度的に傾く速さを増す夕陽。その輝きが常陸の島影へと沈む前、ひと足先に雲隠れ。今日という日が、こうして暮れてゆく。毎日繰り返される日没という現象とじっくり対峙するのは、一体いつ以来だろうか。

鮮烈な青さから、情緒深い夕暮れまで。今回は、きっと無理だろうとあきらめていた。そんな洋上を染める情景を、この旅の記憶としてこころに灼きつけよう。
ちょっと早めだけれど、これから軽めの晩酌を。昨日セイコーマートで買っておいた、にしんの甘酢漬け。酸味控えめ、ちょっとだけ甘めの酢加減。にしんならではの風味と、ぷちぷちとしたこっこの食感が堪らない。
そんな旨いつまみに合わせるのは、新十津川は金滴酒造の杜氏の夢呑。口に含むととろりと甘酸っぱく、そしてじんわりと辛さが追いかけてくるおいしいお酒。

北の恵みをしみじみ味わい、湯呑酒片手にぼんやり眺める暮れゆく船窓。愛するきそに抱かれ、二晩目へと進んでゆく。忍び寄る夜の気配に、残されたこの船との時間を重ねてみる。

すっかり日も暮れ、航海の安全のためロールカーテンを下ろして障子も閉め。あとはもう、海と機関の鼓動に揺られるのみ。そんな静かな宴の続きにと開けるのは、セイコーマートオリジナルの北の豊純米吟醸。
てっきり北海道の酒だと思い手に取りましたが、飲むときに見てみると群馬県は甘楽町の聖徳銘醸が造っているそう。甘酸っぱくするりと流れ、あとからさっと辛さがひいてゆく。

茨城から船出し、北の大地を経てふたたび関東へ。ここでちょうどひと回り、これから先は西を目指すあらたな旅路。北海道から群馬への地酒のバトンタッチに航海の変遷を重ね、飲み干したところで船内へと繰り出すことに。

いつもなら多賀城のイオンで夕食を調達するところ、なぜ今回はセコマのつまみ1品のみだったのか。それは、このカレーに逢いに来ると決めていたから。
スタンドマーメイドクラブで提供される太平洋フェリー伝統の味、船手作りのまかないカレー。これがもう、本当に大好きで。
甘味風味と食感の豊かな厚めの玉ねぎ、ごろごろと入るマッシュルーム。豚肉は短冊切りにされ、白身の甘味と赤身の凝縮感をしっかり味わえる食べごたえ。それらをまとめるのが、どっしりとしたルー。まろやかさを引き締める若干強めの塩梅、そしてあとから追いかけてくるスパイシーさにもう匙は止まらない。

今回も無事に再会を果たすことのできた、太平洋フェリーの味。いわゆる黄色いカレーの王道をゆく旨さをこころから味わっていると、船は茨城沖を南下しまもなく千葉へ。

時刻はもうすぐ20時。まもなく開催されるラウンジショーを観るため、シアターラウンジサザンクロスへと向かいます。

中へと入ると、フェリーとは思えぬ豪奢な空間。待つことしばし、いよいよ始まったジャズやポップスのライブ。この距離で聴く歌と楽器の迫力が、船上でのひとときを彩ってゆく。

久々に浴びた生演奏の余韻に浸りつつ、夜風にあたろうとデッキへ。通路を染める白熱灯のあたたかさ、漆黒の夜空に浮かぶ雲間の月。深い旅情を湛えるこの世界観は、船旅でしか味わえぬ唯一無二のもの。

船尾へと移れば、暗い海の先に揺れる房総の灯り。自宅からそう遠くない距離のはずなのに、ここから眺める関東の地は僕の知らない顔をしている。

煌めく人々の営みに見送られ、深い夜へと向けゆっくり進んでゆくきそ。0泊4日。旅立ち前は長いと思われた航海も、最後の夜を迎えてしまった。

洋上での三度目の夜を彩るべく、自室に戻り宴の続きを。最後の夜の〆を彩るのは、小樽は北海道ワインの醸す北海道ツヴァイゲルト。しっかりとした渋みと果実味、そして干しぶどうのような余韻が広がるおいしい赤。
ゆったりとした海の鼓動に揺蕩い、ゆっくり更けゆくしずかな夜。こんな時間が、いつまでも続いてくれたなら。それが叶わぬ願いだと知っているからこそ、いまこの瞬間を噛みしめたい。
北の大地の育んだワインを飲み干し、歯みがきして敷きっぱなしの寝床へ。背中越しに感じる、太平洋ならではのちいさなうねり。そのここちよい揺らぎに誘われ、いつしか深い眠りへと落ちてゆくのでした。



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