いよいよ北海道とのお別れの瞬間が近付いてきます。居酒屋さんのすぐ裏手にある、旧青函連絡船摩周丸の姿を見て、函館を去ることに。
宵闇に浮かぶライトアップされた勇姿には、今でも現役で動けそうな迫力があります。ただ、昼に見るそれよりもより一層切ない気持ちになるのは何故でしょう。もうすぐこの地を離れることの寂しさなのか、青函時代を知らないが故の憧れにも似た切なさなのか。
夜の冷たい空気に包まれる、函館駅。僕の夢の出口は、煌々と明かりを灯し旅人を迎えていました。
遠く離れた街で見る、上野の文字。上野駅は、僕にとって旅立ちの場所であり、終着点。旅の終わりを実感するとともに、この旅の思い出が甦ってくる、そんな不思議な駅名。
ホームへ向かうと、濃いブルーの機関車が、力強い唸りを静かな夜のホームに轟かせて入線してくるところでした。札幌から力走してきたこの機関車はここでお別れ。次の機関車へバトンタッチします。
車体の横には大きく輝く流れ星。「北斗星」の名を体現したかのような重厚なデザインは、初めて見たとき以来僕を虜にする罪な奴。
北斗星は合計3種類の機関車に引かれて道中を行くのですが、僕にとって北斗星とはこの機関車が一番。古老のディーゼル機関車が特別塗装を身にまとい、2両手を組み北の大地を力走する姿には、何とも言えぬ旅情を感じます。
こちらが第二走者、青函トンネル用の電気機関車。函館駅での機関車交換は、北斗星の乗客にとってはひとつのイベントとなっており、マニアだけでなくたくさんの人々がその様子を見に来ます。
電車、ディーゼルカーが自分で走るのが当たり前になった今、このようにいちいち機関車を付け替える客車列車の姿は貴重な存在となりました。このアナログさも、夜行列車の魅力のひとつ。速さや効率では割り切れない何かを感じさせてくれます。
無事に機関車のバトンタッチも終え、もうすぐ発車の時刻。ブルーの車体に眩しく光る上野の文字。それを見つめて何かを飲み込むかのように意を決して車内へ。
この瞬間から、もうしばらくは北海道の地を踏むことはありません。ありがとう北海道。僕の北海道への想いが一気に込み上げます。
今回は2人用B個室、デュエット上段に乗車。鍵のかかる個室でありながらB寝台と同じ料金で、広い天窓も独り占めできるお得な個室。北斗星では一番多いタイプの部屋です。
部屋の作りとしては、僕が好んで利用するソロを2つつなげたような形で、ベッドに挟まれた階段に立てば、着替えもらくらくできます。
下段はベッド上に上段個室が張り出していますが、中央は客車の高い天井が吹き抜けのように広がっているので、やはりそこで着替えOK。
それぞれのベッドにカーテンもついているので、寝顔を見られたくない人でも安心。洗面所やトイレが共用であることさえ気にならなければ、充分快適に過ごせます。
夜汽車で味わう至福の瞬間。いつもの一人旅には日本酒が似合いますが、今回はワインでちょっとおしゃれな気分に。
天井まで延びる天窓に顔を付ければ、一面に広がる星空を楽しむことができます。中には北斗七星やカシオペア座など、北へと向かう列車の愛称の元となった星座も。北斗星から眺めるひしゃく星。こんな贅沢、他にはありません。
函館夜景ラベルのはこだてワインのお供は、これまた函館の人気お土産、『スナッフルス』のチーズオムレットと蒸し焼きショコラ。スナッフルスのお店では1個からばら売りしているので、車内で食べる分だけ購入。
そもそも、あまりこの手の有名なお菓子、お土産はあまり期待していない僕ですが、赤レンガで試食したところ本当に美味しい。
特に蒸し焼きショコラが美味しく、チョコそのものといった感覚。甘すぎず、ワインにもしっかり合ってくれます。
しかし唯一残念な点が。要冷蔵で長時間の持ち運びができません。飛行機利用なら問題ないでしょうが、寝台列車で一晩を明かすのはちょっと無理そう。本当はもっと買って帰りたかった。
今回、寝台列車は数十年ぶりだという相方。そんな相方を洗脳してやろうとワイン片手に寝台列車の魅力を語っているうちに青函トンネルを抜けて本州へ。1往復体制となった北斗星は、上り列車は日付が変わらないうちに本州へと抜けてしまいます。
すっかり静まり返った蟹田駅。この光景は何度見ても印象的なもので、北海道との別れを決定付けるもの。同じ雪に埋もれた景色でも、北海道とは何かが違う。その何かを求め、何度も北海道へと足を運んでしまうのです。
旅情とワインに酔わされ、深い眠りに就きました。目が覚めると明けゆく郡山付近の街並みが。雪もすっかり無くなり、昨夜までの出来事が嘘のよう。
飛行機では決して味わえない、一晩掛けて鉄路を踏みしめ進んで行くこの雰囲気が、寝台列車の旅の一番の醍醐味。朝イチで聞く、オルゴールから始まるおはよう放送は、一度聞いたら忘れることができません。
列車は順調に走り続け、上野駅に定刻に到着。ブルーの車体からは、長距離を共にした大勢の旅人たちが吐き出されます。
皆それぞれ、目的の場所へと散ってゆく。駅が変わり、車両も変わり、時代も変わった今。それでもこの夜行列車の到着する様子は延々と受け継がれてきた鉄道の原風景なのかもしれません。
北斗星やカシオペアを牽引する機関車は新型に替わりました。今回初めてこの機関車の牽引する北斗星に乗り、上野に着いて初めて生で見ることができました。
僕にとっての上野駅での北斗星といえば、過去のブログでもおなじみの赤い機関車。最初この新型の写真を見たときは、客車の色と同系なのでイマイチ映えないなどと思っていました。
でも実際この青い機関車と青い客車が織り成す編成美は中々のもの。北斗星に思い入れのある僕にも、すんなりと馴染んでくれました。
まだ真新しいボディーに輝く流れ星。寝台列車の淘汰が進み、北斗星も危機的状況であることは間違いないでしょう。
ですが、このように旅客鉄道会社が旅客列車用に新型機関車を導入し、すでに北斗星の顔として定着しているという事実もあります。
老朽化の進む北斗星の客車。車内はきれいでも、車両としての余命は決して長くはありません。それが一番の心配事。
JR東日本さん、お願いですから北斗星をずっと残してください。新型機関車を作る意気込みがあるならば、新型客車も作れないはずはありません。
カシオペアや北斗星は、登場から長きに渡り根強い人気を誇り、それに見合った需要もあることでしょう。僕が乗る北斗星はいつも混んでいます。
それだけ多くの人に愛され続ける夜行列車。鉄道の文化を継承し、後世まで残すという意味でも、お願いですから運行を続けてください。
夜行列車の旅の締めくくりは、いつもこんな感じになってしまうことをご容赦ください。それだけ、夜行列車には他に代えがたい魅力があるということ。
それは乗った人にしか分からない、クセになる魅惑の旅情。一度が二度に、三度四度と乗りたくなり、乗るたびに新鮮な魅力を見せ付けてくれます。
いつまで走るか分からない寝台列車。もし少しでも興味があるならば、乗ってみることを絶対にお勧めします。
結果的に自分に合うか合わないかの差は出るかもしれませんが、100年以上受け継がれてきた鉄道のひとつの文化が、平成の世に消え去ってしまうかもしれません。
まだ間に合う。今を生きる僕たちは、最後の生き残りたちに乗ることができる幸運な世代です。
SLや客車列車がどんどん消えて過去のものになったように、寝台列車も同じ道を辿ることでしょう。
そうなる前に、一度でいいから鉄道の味を感じてみてはいかがでしょう。新幹線では味わえない、広い日本を感じることができる、この旅を。
最後に、この旅行記を執筆している間に東日本大震災が起きました。
今回記事に書いた函館ベイエリアも津波の被害を受けたようですし、残念ながら函館で犠牲者の方も出てしまいました。北斗星も書き終わった時点で未だ運休です。
いろいろ考えましたが、1日も早く今まで通り、いや、それ以上に美しい北日本・東日本の姿に戻り、1日も早くみんなの心の傷が消えるように願い、この旅行記を書き上げました。
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