夏油温泉と言えば、やはりこの特徴的な雰囲気。道を挟んで両側に旅館部や自炊部が軒を連ねる姿は、まるで小さな温泉街のよう。凝縮された、包み込むような空気感に一度触れてしまうと、その感触を忘れることが出来なくなります。
前回訪れたのは、緑と光に溢れた初夏の季節。まばゆい新緑に包まれたこの地の印象がとても強く残っていましたが、色とりどりの紅葉に包まれるこの眺めも格別。暮れ始めの、ほんの少しだけ寂しい秋の雰囲気もまた、山の宿に旅情という色彩を与えます。
心待ちにした夏油の湯との再会を果たし、火照った体で歩くこの道。夏油温泉と共にこの小さな街を形成する旅館、昭和館の提灯には灯がともり、間もなく訪れる漆黒の夜へと備えます。
夕餉を終えると辺りは一面の闇に包まれ、ここが山以外何もない場所であることを今一度実感します。白熱灯がぼんやり灯る中、今宵最後の露天風呂へ。
景色を失った夜の露天は、一層お湯を楽しむのに好都合。絶えず聞こえる川音と、川面を渡る冷たい夜風。その2つと共に楽しむお湯は、泊まったものにだけ許される贅沢。
翌朝、明るい中眺める山々の紅葉はまた美しく、山肌を彩る色彩の豊富さに驚かされます。写真ではなかなか伝わりにくいのですが、まさに「全山紅葉」という言葉がぴったり。これまで見た紅葉の中で、一番鮮やかな紅葉。
燃える木々の中素晴らしい朝風呂を堪能し、部屋から外を眺めます。
赤い屋根の連なる夏油温泉と、背後を彩る山々。色とりどりの木々の間からは、朝靄がまさに今生まれようとしている。
これほどまでに心を揺さぶるような朝は一体どれくらい振りだろうか。この瞬間を感じられただけでも、ここまで来た甲斐があるというもの。
起きて朝風呂に入り、朝食を食べてはまた浸かり。火照ればビールを片手に本を読み転寝を。「時間割り」の無い、文字通りの自由時間。これこそが連泊の醍醐味、かけがえのない時間の過ごし方。
飽きることなく気ままな時を過ごし、早くも暮れ始めの時間に。到着からずっとぐずついていた天気も回復の兆しが見え、一層紅葉が美しく目に映ります。
夏油で迎える最後の朝。何泊しようとも必ず訪れるこの瞬間。言いようのない寂しさを感じます。
背後を彩る紅葉も、到着時よりもぐっと色彩が濃くなったよう。これから更に深まる色合いを想像すると、この地を離れたくないという衝動に駆られます。
いざ旅立ちの時。最後の最後で、夏油は一番の輝きを僕にくれました。朝日に照らされる、燃えるような木々。岩手の山奥で見つけた秋は消えない炎となり、今でも僕の心の中で灯り続けています。
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