今宵の宿は花巻。チェックインまでまだまだ時間がたくさんあるので、ここ北上で古き良き南部の風情を味わうこととします。
北上展勝地から山へと向かう坂を登ると、昔話の絵本から飛び出してきたような水車小屋が。苔むした茅葺屋根からは、朝日に照らされ立ち上る湯気。こんな景色、もちろん初めて。思いがけない歓迎に、早くも心に郷愁という名の火が灯ります。
坂を登り切ると、立派な茅葺屋根の古民家がお出迎え。ここ一帯は『みちのく民俗村』という、岩手の古い建物を集めた展示場。この大きな建物で入場券を購入し、中へと入ります。
先ずは隣接する北上市立博物館を見学し、いざ古き良き世界へと繰り出します。ここからは、みちのく民俗村での写真をメインにお伝えします。
旧菅野家住宅。大きな茅葺屋根が印象的なこの建物は、岩手で建築年代が分かっているものとしては最古の建物だそう。もうすぐ築300年を迎えようという建物からは、積雪などの厳しい気象条件を耐えてきた風格が感じられます。
こちらは建物が直線状の「直屋(すごや)」と言われる建築様式とのことで、建物の約半分が土間で占められています。中へ入れば、太く立派な柱や梁、茅でできた高い屋根。窓から射し込む外の光が、薄暗い部屋を優しく照らします。
薄暗い部屋から眺める秋色の木。現在の、景色は見えるが隔絶された感のある窓ガラスとは違い、木戸一枚で自然と共存していたことが窺えます。
古民家の重厚な雰囲気を胸いっぱいに吸い込み、再び歩きます。先ほどまでとは打って変わって力強く輝く太陽。色づく葉を透かし、その温かさを僕の肌まで届けてくれます。
土壁に茅葺、そして色づく木々。絵に描いたような里の秋を凝縮したかのような雰囲気が、この民俗村全体に漂います。
見下ろせば、立派な杉の木立とひときわ目を引く大屋根。背後には薄い色をした秋空が優しく広がります。
光に照らされ煌めく小山。これは藩の境を示す境塚というもので、手前が南部藩領、奥が伊達藩領。このように一対になって残っているものは非常に珍しいそうで、古からこの地に在り続けています。
季節の移り変わりを感じさせるかのように、美しいグラデーションを魅せる紅葉。奥に控える立派な茅葺が、その美しさを引き立てます。
茅葺と紅葉の競演をもう一枚。力強い日の光が、2人の役者をスポットライトのように照らします。
立派な門と、古民家と、紅葉と。光り輝く大屋根から一斉に立ち昇る湯気。神々しさすら感じさせるこの濃厚な瞬間に、軽く身震いすら覚えます。
時代は一気に昭和へ。女学院の旧校舎を移築したというこの建物は、白い板壁が印象的。
再び江戸時代へとタイムスリップ。丘陵から谷へと下り、茅葺屋根の建物が並ぶエリアへと進みます。
谷戸に広がる農地と曲り屋。辺りを囲む山は色付き始め、ひとつの箱庭を見ているかのような、完成された景色。
軒先に吊るされ乾かされるたばこの葉。ひび割れた土壁と共に、味わい深さを演出します。
秋の花、コスモスと古民家の共演。静かに揺れるコスモスが、鄙びた世界に彩りを与えます。
抜けるように青い秋空の下佇む曲り屋。曲り屋とは、人の住む母屋と馬屋がかぎ型に配置されている建築様式。と今更解説することもないほど、有名な言葉でしょう。
曲り屋の台所からは、馬屋が見えるようになっているそうで、馬を大切にするこの土地が生んだ、人と馬が共生するための独特のかたちです。
こちらは馬屋を背にして台所を見た一枚。人の居住空間のすぐそばに馬が暮らしている。実際にこの距離感を見てみると、予想以上の近さに驚きます。
古の人と馬の暮らしに思いを馳せ、再び外へと出て里の秋を感じることにします。
くどいようですが、秋空の下広がるこの景色。渋い佇まいの古民家と、色とりどりの木々が織り成すこの風情は、この時期にしか味わえない、一級品の贅沢です。
今一度、南部曲り屋をこの目に焼き付けます。「むか~しむかし、あるところに・・・。」小さい頃から幾度となく慣れ親しんだこのフレーズがおのずと想起され、しばしその世界感に浸ります。
茅葺の広い軒下にはくるみが干されています。
親戚を含め、このような生活には未だかつて触れたことのない僕ですが、どうしても「ふるさと」という言葉が頭から離れない。
これはやはり、小さい頃から昔話を聞いて育った環境や、日本に受け継がれてきた遺伝子がそうさせるのでしょうか。
障子から漏れる日差しと、赤々と灯る囲炉裏の火。そのどちらからも違うリズムの揺らぎを感じ、時を忘れてぼんやり眺めてしまいます。
深い茅葺の庇越しに眺める、秋の風情。この景色をいつまでも覚えていられるよう、胸いっぱいに空気を吸い込み、心に焼き付けます。
昔話の飛び出す絵本。そんな表現がぴったりの、みちのく民俗村。その穏やかさに溢れた世界を満喫し、北上でのひとときを過ごすのでした。
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