北千住から列車に揺られること約3時間半、湯野上温泉駅に到着。いつもは車窓から愛でるだけであったこの茅葺屋根の駅舎に、初めて降り立つことができたという悦びを噛みしめます。
昔ながらの「ラッチ」の改札を抜け、いろりの煙の香りに鼻をくすぐられつついざ外へ。ここが北千住から乗り換えたったの1回で来られる場所だなんて。野岩鉄道が結び東武特急が繋げる鉄路に、浪漫というものを感じずにはいられない。
事前に宿にお願いすれば送迎もしてくれるそうですが、せっかくなのでのんびり歩いて向かうことに。途中橋が架かっていたので寄り道すれば、橋上からはこの眺め。深い谷を成す阿賀川と、川岸に連なる温泉街。その先には南会津の山が幾重にも重なり、久々に味わう東北の冬に早くも心は冬旅模様。
駅からのんびり歩くこと15分、今宵の宿である『民宿いなりや』に到着。湯野上でどの宿にしようかと悩んでいたところ、お風呂とお料理に惹かれて予約しました。
とても元気な女将さんに出迎えられ、手続きを済ませて早速お部屋へ。民宿に泊まるのは30年近くぶりのこと。それもそのときは良い思い出がなかったのでちょっとばかり心配していたのですが、旅館と変わらぬきれいな和室で思わずびっくり。
早速浴衣に着替え、お待ちかねの温泉へ。この宿は4室のみのため、部屋に用意された札を掛ければお風呂を貸し切りで愉しめます。2つある浴場の内、まずは左側へ。内湯には熱めの源泉が惜しげもなく掛け流されています。
外には1日4組の宿とは思えない立派な露天風呂が。もちろんこちらも源泉かけ流し。誰にも気兼ねせず、柔らかな湯野上の湯を独り占め。これを贅沢と言わずして、何を贅沢と呼ぶのだろう。
到着後の湯浴みで旅の汗を流し、一旦落ち着いたところで夕飯前にもう一度温泉へ。右側の浴場も同じ造りとなっており、露天風呂は左右対称の形となっています。
湯野上温泉は、肌への馴染みの良いアルカリ性の単純温泉。ちょうど良い塩梅に加減されたお湯に浸かれば、じんわりとした温もりと共に全身を穏やかな滑らかさが包みます。
はぁ、極楽・・・。思わずそんな言葉が漏れてしまう、心身を溶かしてしまうような滑らかさ。立ち上る湯けむりからは、鼻をくすぐる湯の香り。温もりに抱かれつつ西日に染まる山を眺めれば、いつまでもこうしていたいと思えてしまう。
雪見露天の魔力に心酔していると、遠くから聞こえてくる警笛と車輪のリズム。もしやもしやと身を乗り出し待っていると、阿賀川に架かる鉄橋をエンジン音響かせつつ会津鉄道が渡ってゆく。もうダメだ。雪見鉄見露天に、僕はすっかりやられてしまった。
すっかり湯野上の温もりに満たされたところで、今度は会津の味で満たされる時間。テーブルにはおいしそうな品々がずらりと並んでいます。
ぜんまいの炒め煮やきのこの胡麻和えに、早速進んでしまう会津のお酒。福島名物のいかにんじんはちょどよい塩梅で、にんじんの食感と甘味が堪らない。ホクホクとしたじゃがいもに味噌だれを付けて頬張れば、素朴な旨さに思わず笑みがこぼれそう。
そして目を引くのが、油揚げを1枚丸ごと使ったおいなりさん。濃すぎず薄すぎずのお揚げに、程よい甘酸っぱさのおいしいすし飯。豪快にガブっと噛めば、じゅわっとおいしさが広がります。
囲炉裏で焼き立てを運ばれてきた、鮎の塩焼き。炭火でじっくり焼かれているので、頭から丸ごと食べられます。ホクホクとした身に宿る、滋味深い旨味。川魚の塩焼きを食べると、山の宿に来たという実感が一気に湧いてきます。
続いては、きれいな飾り切りが施された煮物。鮭や根菜、たけのこに上品なおだしがしっかりと染みています。陶板焼きのお肉も柔らかく、脂と赤身の旨味がしっかりと味わえます。
お次はこれまた囲炉裏で焼かれた、南会津名物のしんごろう。半殺しにされたお米と味噌だれの相性は言わずもがな、何となく懐かしさを覚える間違いない旨さ。
ここまでも結構なボリュームだなぁ、なんて思いつつ食べ進んでいると、目の前を通過する大量の天ぷら。各テーブルに配るのかなと行方を見つめていると、ドンと一皿まるごと置かれてびっくり。
僕は宿を決めるときに事前に口コミなどは見ない派。なので全く予備知識がなかったのですが、後で調べてみるといつもこのボリューム感なのだそう。お腹いっぱい。もう苦しいけれど、もうひとつ食べよう。だってこの天ぷら、カリサクでおいしいんだもん。
そして最後に運ばれてきた、茹でたての手打ちそば。大内宿のそば屋で修業したというご主人が打ったそばはコシが強く、満腹でも残したくないと思わせてくれるおいしさ。
ほら、これ食え。あれも食え。そんないい意味での田舎の洗礼を受けたかのような、驚きの夕食。残念ながら天ぷらをいくつか残してしまいましたが、そのボリュームのみならず全てにおいて手作りを感じさせるおいしさに、驚きを越えて感動すらしてしまった。
もうしばらくは動けそうもない。布団にごろごろしつつお腹をなだめ、若干ながら落ち着いたところで夜のお供を開けることに。会津での第一夜を飾るのは、僕の大好きなお酒、榮川。何度飲んでもやっぱり旨い、派手さはないが沁みる味。
遠くから聞こえる汽笛の音色、ちびりと含む茶碗酒。そんな味わい深い夜を、一層深めてくれる雪見風呂。1日限定4組の宿。源泉かけ流しにおいしいご飯。それがなんと1泊7,000円台だなんて。夢のような冬旅の幕開けに、心もお腹も満たされるのでした。
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