熱い熱い飯坂の湯を味わい、ふたたび2両編成の小さな電車に乗り込みます。昔東急で怒涛の通勤客を運んでいたこの車両も、いまはこうしてのんびりと福島の地を走ります。
そんな余生ももうすぐ終わり。地方私鉄の顔ともいえるほど全国で活躍していたこの車両ですが、いまでは数えるほどしか走っていません。登場から半世紀以上も大切にされてきた車両。僕が次に『福島交通』に乗るときには、もうきっと会えないことでしょう。
飯坂温泉から電車でたった2駅、4分ほどで医王寺前駅に到着。交通量の多い県道沿いにぽつんと佇む姿が、地方私鉄らしい風情を漂わせます。
渋い佇まいの駅をあとにし、静かな住宅地をのんびり歩きます。途中視界が開けたかと思うと、雪の積もった畑の先に午後の光を受けて輝く山並みが。数日前、あの銀嶺の懐から始まったこの旅ももうすぐ終わり。
旅の終わり特有の若干の寂しさを感じつつ歩くこと15分、医王寺に到着。1200年近い歴史を持つという古刹ですが、驚くほど普通の住宅地の中に突如現れます。
まずは大屋根が立派な本堂にお参りを。荘厳な本堂や緑を白い雪が彩る様は、この時期ならではの美しさ。
本堂を出ると、そこには見上げるほどの高さを持つ杉並木が続く参道が。周囲は農地と宅地であるにもかかわらず、この鬱蒼とした雰囲気には驚き。ここだけが違う場所であると主張しているかのよう。
延々とどこまでもまっすぐ続く杉並木。その姿は参道を外界から守るようで、漂う荘厳な雰囲気に背筋も自ずと伸びてゆきます。
この医王寺は、平安時代にここ信夫の地を治めていた佐藤一族の菩提寺だそう。こちらにはその佐藤一族の兄弟、継信公と忠信公の兄弟の銅像が建てられています。
二人の銅像に守られるように建つのは源義経公の銅像。佐藤兄弟は源義経公に従い、その義経公の身代わりとなり壮絶な最期を遂げたのだそう。死してなおこうして共にいる。そこには揺るぎない主従の絆があるのでしょうか。
現代に生きる僕にとっては想像もつかない固い主従関係に思いを馳せ、ふたたび静かな杉並木を歩きます。その突き当りには、弘法大師が作ったとされる薬師如来を祀った薬師堂がひっそりと佇んでいます。
このお堂はかつての地名から鯖野薬師堂というそう。先ほど入った飯坂最古の湯は鯖湖湯で、ここは鯖野。それぞれ由来は違うようですが、単なる偶然なのでしょうか。何かしらの関連がありそうな気がしてなりません。ちなみに鯖湖湯の語源は左波子、駅前の浴場は波来湯。うぅん、気になる。
荘厳な空気に包まれた医王寺で感じた、いにしえの主従の固い絆。そして鯖とハコの地名の不思議。そんなことをぼんやりと考えつつ電車に揺られ、とうとう福島駅に到着。まだ時刻は16時過ぎ。飲むには早いので、福島の街をのんびり歩いてみることに。
小さなお店が並ぶレンガ通りを進むと、突如異様な存在感を放つ一角が。新町ビル街というらしく、店舗と住居が一体となった古いビルが両側に長く続きます。
いやぁ久々にこんな雰囲気のビルを見た。闇市由来の横丁はたまに見かけますが、このようなテイストの「ビル」は本当に久しぶり。少し前までは東京でもちらほら見かけましたが、再開発の波に呑まれいまでは貴重な存在に。
夜になると一体どんな妖艶な姿を魅せてくれるのでしょうか。できることならば見てみたい。でも生憎まだここで飲む勇気は持ち合わせていません。そう思うほどの圧倒的空気感。
夜に向かう福島の街の雰囲気を味わいつつ進むと、突き当りに大きな鳥居が。福島から始まり福島で終わるこの旅の締めくくりにとお参りすることに。
こちらの神社は有名な陰陽師である安倍晴明が造ったものだそうで、1000年以上の歴史を持つ古い神社。福島の都市部にありながら豊かな緑に囲まれ、古くからこの地を見続けてきた歴史を感じさせます。
高湯から始まった吾妻山麓ぐるり旅ももうまもなく終わり。日もすっかり暮れて夕食の時間に。この旅最後のグルメにと、今回も『西口喜多屋』にお邪魔することに。
こちらのお店には二度ほど伺ったことがあり、そのときに食べたどじょうが美味しかったので楽しみにしてきました。でもいまは扱っていないとのこと。ちょっと残念、でも他のものもみんな美味しいから問題なし!!
ということで、まずは福島の酒と共ににしんの甘煮からスタート。前回福島に訪れたときにも食べたにしん。安心感たっぷりの間違いない旨さに、ついついお酒のピッチが上がります。やっぱり福島のにしんは旨い。
つづいてはそば屋といえば、のそば味噌を。今回は揚げなすにそば味噌を載せたものを注文。これがまた抜群の相性。甘めに練られた味噌に、香ばしさと食感を加える粒々としたそばの実。
そんなただでさえ美味しいそば味噌を、とろりとした熱々の揚げなすに合わせるなんて。もうこれは反則、呑兵衛殺しの逸品です。なすには田楽味噌ではなくそば味噌を基本とすべし。そう思えるほどの好相性。
にしんにそば味噌と濃いめのものを頼んだので、箸休めにとなめこおろしを追加。つまみや地酒の合間に挟めば口の中をさっぱりとさせ、さらにお酒が飲めてしまいます。
もうこれでこの旅も本当に終わり。そう思うと食欲も飲み欲も爆発。旨いつまみ相手にウン合の福島の旨い酒を味わったところで、〆のおそばを注文。って〆のボリュームではないですよね、明らかに食いすぎ。
今回注文したのは、ごませいろとソースかつ丼のセット。ごませいろといってもよくあるごまだれのものではなく、すり鉢に大量に入れられたごまを自分ですり、そこへそばつゆを加えてつけだれにするというもの。
こちらのそばはコシがありつるつるとした食感が美味しいのですが、今回おっ!と思ったのがこのごまつゆ。自分でするので好みの加減にできるのが嬉しいところ。
ペースト状になるまですると普通のごまだれになるので、今回は少し粗めの粒が残る程度に。するとごまの油分や風味はしっかり感じつつ、そばの邪魔をすることのない適度な存在感。ぷちっとした食感も楽しめこれは旨い。このたっぷりごま感、ごま好きにはたまりません。
そしてもっとおおっ!!と驚いたのが、セットで付けたミニソースかつ丼。何度も訪れたことのある会津若松の名物ソースかつ丼ですが、これまで食べたことはありませんでした。
ここは福島、中通り。地方から何から違うのですがそんなことは気にしない、僕にとって初の福島のソースかつ丼をいざひと口。もうどこの名物とかそういうことは抜きにして、このどんぶりが素直に旨い。
もっとソースっぽいたれを想像していたのですが、こちらのものは程よい甘酸っぱさを残しつつくどさのない軽やかなソース感。おそば屋さんだから和を取り入れているのかな?しょう油っぽい風味も感じられます。
そうだこれ、僕の好きなヨーロッパ軒のソースカツ丼に雰囲気が少し似ている。細かく比較すればいろいろと違う点はありますが、全体的に漂う食べやすさ、お米とソースのバランスの良さは似た系統。
これはもう福島のソースかつ丼というよりも、西口喜多屋のソースかつ丼。次もこれ、きっと頼むだろうなぁ。つまみも美味しいし、地酒も種類が豊富。そしておそばとどんぶりまで旨いとは。今度福島に来るときも、またここへ来てしまいそう。
がっつり食べて飲んで、お腹も心も大満足でお店を出ます。通りへと出れば、すぐそこには福島駅が。4日前ここから始まった旅も、もう終わり。雪の積もる舗道を照らす灯りが、離れがたさからくる切なさを駆り立てます。
この冬はまったく冬らしいことができていない。全然冬を感じられぬままこの季節を終えるのは絶対に嫌だ。それなら思い切り冬に染まりに行ってしまえ。
そんな動機から始まった今回の旅。一番確実に冬に飛び込むには、雪見露天以外には考えられない。そこで舞台にと選んだのが、吾妻連峰に点在する個性に富んだいで湯たち。
そんな僕の欲求を遥かに超える素晴らしい冬らしさで出迎えてくれた、高湯に小野川、白布の湯。僕の心が求めていた雪景色はあまりにも白く清らかで、無垢の美しさに輝いていた。
僕はやっぱり冬が好き。いや、春夏秋冬、全て好き。無駄に寒いだけ、暑いだけの東京で辛抱していると、そんな当たり前の感覚すら手放してしまいそうになる。
純白無垢の雪は、寒いだけではない冬のあたたかみを教えてくれた。やっぱり暮らしに旅は必需品。見るもの食べるもの浸かるものすべてが当たりだった福島、山形、冬の旅。そのおかげで今年も無事に、冬を嫌いにならずに済んだ。
このあたたかい寒さをこころにしまい、東京で残りの冬を越してゆこう。そして季節がひと回りしたら、また来よう。白さに輝く東北に想いを預け、流れる漆黒の車窓を眺めるのでした。
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