米沢駅から宿の送迎バスに揺られること約30分、小野川温泉『河鹿荘』に到着。小さめの旅館が多い小野川温泉の中では、比較的大きめのお宿です。
こちらのお宿は全体的におしゃれな雰囲気。といっても華美なものではなく、落ち着いた雰囲気のもの。そんなおしゃれなロビーで「ウェルカム玉こんにゃく」を味わいながら、チェックインの手続きをします。玉こん、山形♪
玉こんチェックインを終えてお部屋へと向かうと、広縁にはマッサージチェアーが鎮座。お部屋をグレードアップしてくれたとのことで、温泉と揉みのダブル攻撃を想像し早くも笑みがこぼれます。
こちらのお宿にはふたつの大浴場があり、朝夕それぞれ8時に男女が入れ替わります。到着時は露天風呂付きのせせらぎが男湯。さっそく雪見露天で小野川温泉を味わいます。明るい時間帯は人がいたため、お風呂のご紹介はまた後ほどに。
とてもよく温まる小野川の湯で火照ったところで、部屋へと戻り冷たいビールを。窓の外には一面の銀世界が広がり、雪に埋もれつつ流れる最上川の源流の姿も。
凍てつくような雪景色ですが、なぜか見る者の心を温かくする力がある、そんな眺め。やっぱり冬旅はこうでなければ。思い描いたような景色が、ビールを一層美味しくしてくれます。
そしてついにこの子の出番。一面の白さを味わいつつ、全身を揉みほぐされる至福のひととき。ビールを飲んで、揉まれて、お湯に浸かる。きっと明朝には角煮にでもなっていることでしょう。もう身も心もほぐれすぎ♪
ビール片手に揉まれながら雪景色を眺めるという怠惰な時間を存分に愉しみ、夕食前に再びお風呂へ。せせらぎと名付けられた大浴場には、内湯と露天風呂が設けられています。
内湯はどことなくレトロさを感じさせる落ち着いた雰囲気。アーチ形の窓や柱がモダンさを醸す室内には、大きな楕円型の湯船が。そこへ小野川温泉の源泉が、惜しげもなく滔々と掛け流されています。
外へと出れば、立派な岩で組まれた滝を望む露天風呂が。こちらには大小ふたつの湯船があり、大きい方は熱め、小さい方はぬるめに設定されています。
小野川温泉は開湯から1100年以上も経つという歴史ある温泉。その名前は、美人で名高い小野小町に由来するそう。お湯は無色透明ですが、意外にも硫黄の香りを強く感じます。
高温と低温のふたつの源泉を混合しており、成分はどちらも含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。以前は高温の源泉のみであったため加水等をして温度調整していたようですが、低温の源泉がでたことにより適温での源泉掛け流しが可能になったそう。
肌馴染みのよい、なめらかな浴感のお湯。そんな優しいお湯に包まれつつ眺める、こんもりと積もる綿帽子のような雪。夜空からはたくさんの白い花がはらはらと舞い降り、文字通りの格別な湯浴みを心ゆくまで味わいます。
肌と目で小野川の恵みを味わった後は、お待ちかね、舌で山形の恵みを味わいます。半個室の食事処はシックな雰囲気に包まれ、美味しいお料理を落ち着いて味わうことができます。
まずは前菜七点盛。鴨ロースやなます、里芋ゆず味噌に干し柿のかぼちゃ詰めなど、趣向を凝らしたお料理をちょっとずつ楽しめます。どれもしっかりと手が掛けられ、もれなく美味しい。いやいやこのお宿、当たりでは?これからの食事への期待を一気に高めてくれます。
そして早くもある意味メインディッシュである、米沢牛のすき焼きが登場。米沢牛のすき焼きやしゃぶしゃぶをはじめとする4種のお鍋を、それぞれの好みで予約時に選べます。
旅館のすき焼き、それも小鍋とのことだったので、正直期待などしていませんでした。なのでこのしっかりとしたすき焼きのセットが運ばれて来たとき、かなり驚きました。
鉄鍋が温まったところで、いい色をした米沢牛を一枚じゅぅ~っと。程よく火が通ったところで割り下を加え、溶き卵に絡めてひと口。ぁぁあぁ~、うまいぃぃ。やっぱり米沢牛って、旨いものですねぇ。
但馬や神戸、近江などが赤身の旨味を強く持つ霜降りであるのに対し、米沢牛は脂の旨味と甘味をより前面に出した霜降り、といった印象。といっても脂っぽいことはなく、さっと溶けて広がり、さっと去りゆくような上質な脂。
僕はじつはあまり牛の脂が得意ではなく、あまりサシが入りすぎていると美味しく食べられないのですが、これなら大丈夫。一見凄い量の脂に見えますが、とても軽やかで、乳臭さのない甘い脂はさすがのひと言。
そして驚くのはその柔らかさ。もう歯なんていらない。くちびるでほどけてしまう柔らかさ。別に柔らかい=美味しいと思っているわけではありませんが、この口どけのよさは特筆すべきもの。いくら美味しくても筋っぽければ、お肉の印象は変わってしまいます。
こんな美味しい米沢牛が、大きいお肉で4枚も。野菜もたっぷり盛られ、すき焼き屋さんで食べたらきっちり一人前として出されるほどの量と質。これが温泉旅館で食べられるなんて。恐るべし米沢、恐るべし河鹿荘。
米沢牛のすき焼きでほくほくになり、炙り帆立と北寄貝の酢の物でさっぱりとしたところでお造りが運ばれてきました。お造りといっても魚ではなく、山形黒毛和牛の炙りです。
先ほどの米沢牛とは違い、こちらの山形黒毛和牛は赤身の味わいをしっかりと感じさせる肉質。適度な弾力もあり、噛めば牛の旨味がわっと溢れてきます。
たたきで食べるならこれくらいの脂のほうが僕は好み。食べ方により牛を使い分け、美味しく食べさせてくれる。やっぱりこのお宿、当たりだわ。
続いて熱々の二品が運ばれてきます。左は蟹甲羅道産じゃがチーズ焼き。カニとたら、じゃがいもにきのこなど、たくさんの具がホワイトソースで和えられています。
このホワイトソースがものすごく僕好み。固すぎずゆるすぎず、そして濃厚な牛乳の香り。そんなホワイトソースに魚介や野菜の旨味が溶けだし、おかわりしたいと思うほどの美味しさ。
右は鮭と白菜の博多蒸し豆乳餡かけ。白菜のシャキシャキ感と甘味が鮭にとてもよく合っています。掛けられた豆乳餡はおだしがしっかりときいており、優しく体に沁みるような味わい。
続いては米沢牛ステーキ。運ばれてきた瞬間、あたりに牛の香ばしい香りが漂います。それもそのはず、こちらの食事処にはグリルが併設され、鉄板で焼いたばかりの本格的なステーキを味わえるのです。
程よく赤みが残る丁度いい焼き方のお肉をひと口。サクッと心地よい霜降り肉特有の歯ごたえの後に、溢れ出る脂と香り、旨味の洪水。いやいや、すき焼きも絶品でしたがステーキも負けず劣らず絶品。米沢牛のふたつの顔を一度に楽しめるなんて、贅沢のさらに上をゆく贅沢。
山海の幸をたっぷりと味わい、〆のご飯を。山菜の炊き込み御飯は丁度よい塩梅で、山菜のもつ香りと食感が美味。だしのきいたお吸い物には河豚皮つみれが入っており、こりっとした食感がいいアクセントに。
最後のデザートは、レアチーズりんごのワイン煮。甘さ控えめで適度な酸味のレアチーズと甘酸っぱく煮られたりんごの組み合わせが、美味しい食事をさっぱりと締めくくります。
こちらのお宿も大正解。こんなに美味しいお料理ばかりで、本当に予約した値段でいいのかな?と心配になるほど。米沢といえば、の米沢牛。その素材が良いのもさることながら、すき焼きは鉄鍋で、ステーキは鉄板でとしっかりとした調理法で美味しく食べさせてくれるのも嬉しいところ。
これって実は意外と旅館では期待できない部分。美味しい銘柄牛でも小鍋でぐつぐつしたものをすき焼き、なんて出される場合が多いのです。ステーキも本格的な鉄板で焼いたものは、香ばしさも歯触りも違うもの。美味しい食材をきちんと美味しく、そんなお宿のこだわりが強く感じられます。
そして食事中には女将さんのご挨拶が。僕はそれが有るか無いかを特に気にすることはありませんが、女将さんの顔が見える宿はそういえば久しぶりだと、とても印象に残りました。
玉子湯に続いて河鹿荘と、この旅はやけに当たりが続いている。お湯よし景色よし味よしと、こんなに満足続きの旅もなかなかありません。そんなホクホクとした気持ちでお腹一杯胸いっぱい。満足気分で部屋へと戻ります。
重たいお腹を落ち着けたところで、本とお湯、お酒の静かな夜を。そんな時間のお供にと選んだのは地元米沢の小嶋屋総本店、東光の純米白い酒。この時期限定、極微発泡のにごり酒。
ひと口ににごり酒といっても、薄にごりのものからおかゆのようにどろどろとしたものまでその様子はさまざま。これはにごりの成分が細かく滑らかで、シルキーな印象。それでいて攪拌すると意外とどろりとし、濃厚な口当たりを楽しめます。
味わいは東光らしい、すきっとしたもの。にごり酒にありがちなくどさや甘ったるさは全くなく、にごりの重厚さ、麹の香りだけを味わわせてくれます。
普通の東光は僕にとっては少し硬すぎる印象があるのですが、この白い酒はものすごく美味しく、翌日まとめ買いして家まで送ってもらいました。
本を片手にうまいにごり酒をかたむけ、気が向いたら温泉へ。大浴場への廊下の窓には、夜空に映える、たっぷりと積もった白い雪。実はここは立派な庭園で、大きな池のある場所。その池もすっかり凍ってしまい、雪に埋もれています。
20時を過ぎ、今度は大浴場あさみどりが男湯に。半地下にある浴場は天井が非常に高く、一面に取られた大きな窓もあいまって非常に開放的。大きな浴槽は衝立で仕切られ、右側が熱め、左側がぬるめになっています。
壁いっぱいに広がる窓の外を彩る一面の雪景色。庭園の木々に施された雪囲いには縄ではなく丸太が使用され、この地の豪雪振りを物語ります。
立ちのぼる湯けむりからは硫黄の香りが漂い、肌当たりの優しい小野川の湯が全身を心地よく包んでくれる。漆黒の夜空からは絶えず白い雪が舞い落ち、視界の全てを染めあげる雪の輝きが心のしみ抜きをしてくれるかのよう。
お湯に溶かされ、雪の白さに清められ。そして降る雪にも似たにごり酒を味わい、マッサージチェアーで揉まれてしまう。あぁ幸せ。この旅はしあわせすぎる。今回の行程の完成度の高さに、夢でも見ているかのような錯覚に襲われます。
ゆったりと流れる小野川での夜。窓の外には黒々とした闇と、雪に染まり輝く木々。勢いを増す雪に心まで洗われ、充足感と心地よい眠気に包まれるのでした。
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