3泊4日を過ごした魚沼の地ともお別れのとき。浦佐駅より上越線の普通列車に乗り、東京方面へと帰ることに。
相変わらずの絶景広がる車窓を眺めつつ、のんびり揺られる各駅停車。東京から新幹線を使わずとも来られる距離に、こんなにいいところがあるなんて。栃尾又に貝掛と、上越線は僕をダメにしてくれる路線。きっとまた来てしまうことでしょう。
浦佐駅から3駅、15分程白銀の峰々を愉しんだところで塩沢駅に到着。ここで一旦途中下車し、この旅最後の寄り道をすることにします。
改札を抜け駅前通りへと進めば、眼前に広がるこの素晴らしき光景。何度見ても飽きることのない、輝く山並み。何故にこうも美しいのだろうか。のどかな街並みとの対比に、映画の合成映像を見ているかのような錯覚に陥りそう。
銀嶺を見据える駅前通りを進むこと約5分、突如として歴史を感じさせる街並みが現れます。ここは『牧之通り』、三国街道の宿場町として栄えた塩沢の古の雰囲気を伝えようと整備された商店街です。
店と店とをつなぐ、長い長い軒下。雁木と呼ばれるそれは、豪雪から通行人を守るために作られたアーケードの元祖ともいえるもの。青森の黒石でも同様のこみせを見ましたが、風情溢れる一方で昔からの人と豪雪との闘いの跡が窺えます。
酒屋や工芸品などの観光客向けのものから、薬局などの生活用品を扱うお店まで、いくつものお店が連なる牧之通り。それらを眺めつつのんびり歩き、一番奥に位置する『魚沼さんちのおすそわけ』でお昼を食べることに。
まずは地ビールを。塩沢コシヒカリビールという名の通り、贅沢にも副原料に塩沢産のこしひかりを使用したものだそう。輝く黄金色の通り、コクや甘味、まろやかさをしっかりと感じる旨口のビールです。
フルーティーなビールをちびちびと味わいつつ待つことしばし、注文した月見そばが到着。上に載った卵は地卵ということで、ぷりんとしたシルエットが食欲をそそります。
まずはつゆをひと口。その色の通りしょう油をしっかりと感じますが、しょっぱすぎず甘すぎずの僕好み。続いてそばを。魚沼のこしひかりをつなぎに使っているというだけあり、これまで経験したことのないもちもち感。
太めで弾力のあるそばを啜りつつおもむろに黄身を割れば、卵の適度なまろやかさが全体に広がり、つゆや麺を一層美味しくしてくれます。
一緒に頼んだのが、このミニきりざい丼。きりざいとは野沢菜やたくあんなどの漬物を細かく刻み、納豆と合わせたこの地方の郷土食だそう。
漬物から溢れる滋味が納豆の旨味と合わさり、ひと口頬張れば口中が美味しさの大洪水。それを支える白いご飯ももちろん美味しく、やっぱり納豆には白ご飯だなぁ、などとしみじみしつつ旨さを噛み締めます。
ビールにおそば、丼と、魚沼の恵みをたっぷりと味わった昼下がり。お腹も心も満たされ、再び牧之通りを歩きます。
晴天に日陰を作る雁木をしばらく歩き、牧之通りを離れて裏道へ。雪囲いされた立派な植木や、新潟らしい木材の主張する家屋を眺めつつ、のんびり、のんびりと歩きます。
味わい深い街並みを進み、ふと振り返ればこの眺め。渋い家並みの奥に横たわる白銀の峰々は、唯一無二のここでしか見られない鮮やかな絶景。
胸のすくような爽快な眺めを目に焼き付け、塩沢を離れます。ここから再び上越線の普通列車に乗車し、越後湯沢を目指します。
車窓を占める、青と白の輝きに満ちた世界。これを絶景と言わずして、何を絶景と言うのだろうか。何だか絶景の安売りで言葉のインフレを起こしそうですが、この感動はこの時期この路線に乗った者だけに許されるもの。
この旅最後の魚沼の銀嶺を愛でること20分足らず、列車は越後湯沢駅に到着。ここでお土産を買い込み、ホームで次の列車を待ちます。
ふと見上げると、そこには昔懐かしい廃レールを利用したホームの上屋が。屋根には木が使われ、他のホームとは雰囲気を異にしています。
古き良き佇まいの上屋が伸びる長大ホーム。新幹線開通前、スキー板を抱えた乗客を満載した客車列車が滑り込む姿を思わず想像してしまう。きっとこの上屋は、そんな時代を知る生き証人であるに違いない。
そんな妄想を繰り広げていると、ホームに小さな2両編成の電車が到着。いざ乗り込んでみると、思いのほかスキー客で大盛況。時代も車両も編成長も変わりましたが、上越線の誇る雪国の風情は、今もこうして受け継がれています。
この列車は通常では越後中里止まりですが、スキーシーズンのこの時期は水上まで延長運転。途中駅でスキー客をどんどん拾い、気が付けば車内は結構な乗車率。なので車窓の写真は割愛しました。
列車は谷川岳へと挑むため、湯沢を過ぎたあたりから大きなカーブを繰り返します。こうでもしなければ高度を稼げない鉄道の不器用さ。左右を行ったり来たりする夕陽が、そのことを教えてくれます。
そんな夕陽も翳りはじめた頃、列車は土樽駅へと到着。最後の雪山の光を残し、長い長い闇へと吸い込まれます。国境の長いトンネルの一節で有名な清水トンネルは、今は雪国から関東平野へと向かうための上り線として使われています。
関東平野の外には、あんな世界が広がっていたなんて。新潟の銀嶺が夢かうつつかも分からなくなるほど、清水トンネルの越えた壁は大きかった。国境の長いトンネルを抜けると、僕の知っている関東だった。
水上で列車を乗り継ぎ、高崎で駅弁を買って湘南新宿ラインへ。もうここからは完全に日常の世界。戻ってきてしまったとガッカリする反面、このギャップがあるからこそ次の旅への欲求が高まるというもの。
まぶたの裏に焼き付いた、銀嶺連なる越後の国。その余韻を味わおうと、吉乃川米だけの酒ワンカップを。やっぱり新潟は酒の国。白銀の残像と共に、その豊かな旨さを味わいます。
吉乃川片手に旅の余韻に浸りつつ、この旅最後のグルメを。今回の旅の起点ともなった上州といえばの駅弁、おぎのやの峠の釜めしを選びました。
重たい益子焼の蓋を開ければ、中にはぎっしりご飯と具材が。僕がこれを初めて食べたのは、もう四半世紀も前のこと。どうしてもとせがんで乗せてもらった特急白山の車内で食べたことが、つい昨日のことのように思い出されます。
信越本線の横軽は廃止となり、489系もいなくなり。それでも素朴な釜めしの旨さは、碓氷峠の勾配に身を任せたときと変わらない。だるま弁当と共に、上州路には欠かせない、かけがえのない思い出の駅弁。
去りゆく冬を追いかけて、上州、越後へと鈍行列車で紡いだ今回の旅。8年ぶりとなる豪雪の秘湯は、当時の感動そのままに僕を待ってくれていた。
まだ見ぬ新しい感動を求めて旅するのも好きだけれど、こうして思い出の場所を再訪する旅もまた、捨てがたい。上州越後を結ぶ上越線は、忘れえぬ温泉とこの上ない悦びで、旅する者を別世界へと誘うのでした。
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