青森市森林博物館で豊かな森の歴史に触れ、今度は海の恵みについて学んでみることに。森林博物館から歩くこと15分程、海沿いに位置する『あおもり北のまほろば歴史館』へと向かいます。
この歴史館には船に関する展示のほか、青森での暮らしについて様々な展示がされています。
中へと入ると、まず出迎えるのが刺し子着と呼ばれる着物の展示。こぎん刺しに代表されるような緻密な刺繍が施された着物がずらりと並ぶ姿は、まさに圧巻のひと言。有りものでなんとか寒さに耐えようとした人々の知恵が、美しい文様へと昇華されています。
民族的な幾何学模様の美しさに心奪われ、思わず写真を撮り忘れてしまったのが残念。続いては、メインの展示スペースである巨大なホールへ。入口では復元された北前船が誇らしげに白い帆を広げています。
まずははるか昔の青森でのくらしから。青森には幾多もの遺跡があり、縄文時代から人々が暮らし続けてきた証が今なお地下に遺されています。ずらりと並ぶ縄文式土器を見れば、その濃密さが伝わるよう。
もうこの土器なんて、現代と何ら変わらぬ実用的姿。5年前に訪れた三内丸山遺跡でも感じましたが、こうして見てみると縄文人がなぜか身近に感じてしまう。生活様式は変われど、この時代から続いてきた自分の中に眠る遺伝子がそうさせるのかもしれない。
馬の描かれたこの土器は、平安時代のものだそう。京都に漆や金箔の豪華絢爛な都が築造されたのと、同じ時代。そう考えると、得も言われぬ不思議な感覚に襲われます。
続いてはこの歴史館の主役、ムダマハギ型漁船の展示へ。ムダマハギとは、ムダマと呼ばれるくり抜き材でできた船底に、板を接ぎ合せて造られた構造の船だそう。ムダマにはぎ合わせるからムダマハギ、といったところでしょうか。
その構造がよく分かるようにと、直立不動で並ぶ船。丸木舟をごく浅くしたような船底が、くっきりはっきり見て取れます。
このムダマハギ型の漁船は、国指定の重要有形民俗文化財。丸木舟から部材を組んで造る現代の船へと進化する、そのまさに過渡的な構造だそう。重い船底のおかげで荒波に強いため、かつては岩手や秋田から北海道まで広く使われていました。
大型の船では動力を積んでいたようですが、小型のものは櫂で操船していたそう。その櫂も形により扱い方が違い、船の構造と共に各地で様々な進化を遂げてきたことが分かります。
北海の荒波に耐え、人々の生活を支えてきた木造船。その歴史が刻まれた船首が幾重にも連なる姿からは、ある種の誇りのようなものすら感じてしまう。
船ひとつひとつに諸元表が付けられており、その製造年を見てまたビックリ。戦後すぐのものもあれば、昭和後期のものまで。勝手に僕は古いものだと決めつけていたので、最近まで主役でいたことに驚き。FRPや鋼鉄製にはない使い勝手の良さが、きっとこの船にはあったのでしょう。
命がけで漁に出る海の男。脳内に鳥羽一郎が大音量で流れたところで、青森での人々の日常風景へ。広いスペースには、明治から昭和にかけてのくらしの様子が再現されています。
続いては古い看板がずらりと並ぶ一画へ。昔から北海道への玄関口として栄えた青森、多くの商店がそれぞれ趣向を凝らした看板を掲げていたことでしょう。
こちらはねずみ捕りの薬、その名も猫イラズ。ネズミ捕りのわなは売り払われ、猫は免職にされてしまった模様。クビになった猫の「え?まじかよ!」という表情が堪らない。
眼球から光線が出てしまっている、目薬の看板。目からビーム!この分かりやすさが僕の心を鷲掴み。広告は、シンプルで分かりやすいものが一番。ほんのり怖おもしろい看板に、昔の人のセンスが光ります。
濃厚な展示の数々に圧倒され、最後の見どころである展示室へと向かいます。低く垂れこめた雲に、鉛色の陸奥湾。雪はないけれど、これぞ冬の北の海。その先には津軽海峡フェリーが佇み、今なお栄光の青函航路を守るという意思すら匂わせます。
この旅も、もう終わるなぁ。そんな僕の感傷を誘うかのように、ぼんやりとした西日が家並みを美しく照らします。
初めての冬の弘前に、ランプの揺らぎ。白濁の名湯に、新たに知った青森の歴史。青森県は、今回も青森県だった。来るたびに好きになる。だからこうして通ってしまう。雲越しの穏やかなきらめきに、この旅の余韻をそっと重ねてみるのでした。
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