冬の津軽で過ごした楽しい時間も、もうすぐ終わり。これまで知ることのなかった青森の森と海の豊かさの余韻を残し、青森駅西口の小さな駅舎へと吸い込まれます。
実は青森駅、今まさに新駅舎開業に向け建て替え中。高校生の時に初めて降り立って以来、幾度も通ったこの通路。連絡船時代からの空気を色濃く詰め込んだ歴史の生き証人とも、もう間もなくお別れのとき。
列車の出発までまだ時間があったので、ホームの先端まで歩いてみることに。そこに残されているのは、今はもう塞がれてしまった階段。かつてここには「連絡船のりば」の案内板が掲げられ、北を目指す多くの人々が桟敷席の確保へと駆けのぼったことでしょう。
今はもう、使われることのなくなった長大ホーム。僕が一番最初に青森駅に降り立ったのは、はくつる号でのことだった。当時はもう寝台電車583系ではなくなっていましたが、それでも東北の夜の雄の名を冠した列車から降りたときの感動は決して忘れられない。
ホームに点々と残る、14系客車の乗車位置目標。はくつる、ゆうづる、北斗星、日本海、はつかり、海峡・・・。上屋の下にずらりと並ぶ賑やかな姿を記憶に留めているだけに、本当に、本当に切ないのただひと言。
この時は、夏のねぷた旅で再び逢えると思っていた青森駅。それが叶わなかった今、次会うときはきっと生まれ変わった新しい姿に。昭和の旅情を缶詰の様に色濃く詰めた青森駅は、これが多分見納めに。僕の中での四半世紀が、ひとつの形として消えてゆく。
だめだ、今回の旅の終わりはいつも以上に感傷的。工事をやるとは知ってはいたものの、もうまもなくこの空気を吸い込めなくなるかと思うと、僕の中での大切な何かが霧のように失われてしまいそう。そんな幾多もの想い出を刻んだ青森駅に別れを告げ、奥羽本線で新青森へと移動します。
新幹線のコンコースに飾られる、津軽塗で彩られた青森県。その幾重にも重なる艶めきの様に、この土地は訪れれば訪れるほど豊かな記憶を僕にくれる。もちろん今回も、そうだった。本当に良い旅を終え、静かに再訪を誓います。
暮れゆく冬空を背景に、光り輝く夏の熱。弘前ねぷた、青森ねぶた、五所川原の立佞武多。その土地その土地の人々の、熱気と願いが具現化した灯り。また夏に、逢えるだろうか。耳の奥で、心の奥で響くヤーヤドー。また夏を、浴びに来よう。
この時は、夏に再び来られると思っていた。そんな僕の再訪への願いを、リンゴ型のだるまさんとゆきだるまに託してホームへと向かいます。
ホームには、僕を東京へと連れて帰るはやぶさ号。いつものはやてピンクとは違い、ラベンダーの帯が輝くH5系へと乗り込みます。
はやぶさ号は音もなく駅を滑り出し、東京へと向け加速を始めます。窓の外は既に漆黒に染まり、後はもう酒と味と思い出に酔うばかり。そんな旅路の友にと選んだのは、駅構内にあるあおもり旬味館のデリカむつで売られていたにんにくコロッケ。
普段はあまりコロッケを買いませんが、美味しそうなきつね色に誘われひとつ購入。ひと口かじれば、サクッとした衣に詰まったホク甘のにんにくの旨味。さすがはにんにくの名産地、青森。県産品を使用しているそうで、ホクホクとした芋の中にぎゅっと香りが詰まっています。
さくホクの旨さを東北ホップで流していると、ふと足元に舞い散る雪の結晶。そうだ、これは北海道新幹線の車両だった。船旅もいいけれど、開通してからまだ一度もこれで越えたことのない津軽海峡。新幹線での渡道という未体験を、今度は体験してみなければ。
新たな旅の妄想が芽生えたところで、次なるお酒を開けることに。弘前は丸竹酒造店の白神ロマンの宴、純米吟醸ワンカップ。辛口ながら飲みやすい地酒が、この旅の記憶をすっと胸へと落としてくれるよう。
にんにくコロッケで食欲が刺激されたところで、この旅最後の津軽の味を。今回は先ほどのデリカむつの隣に出店していたお富久というブースで、鯵ヶ沢弁当を購入。駅弁コーナーには売っていないようなので、探すときは旬味館へ。
透明な蓋からすでに青森の幸が顔を覗かせていますが、ご飯の上にはこれでもかと地元の恵みが詰まっています。照りよく焼かれたほたてはぎゅっと詰まった旨味と食感が美味しく、隣のいくらもプチプチ弾ける食感。
うには加熱されていますが甘味と柔らかさをしっかりと感じられ、大ぶりの焼鮭も間違いのない旨さ。ご飯ONご飯という面白い取り合わせのいかめしももっちり美味しく、とうきびも夏と遜色ない甘さと食感を味わえます。
たか丸くん、冬の弘前をありがとう。初めて訪れた冬の弘前から始まった、今回の旅。思い描いた雪深さはなかったけれど、白く染まった津軽富士も、雪に埋もれるランプのゆらぎも、そして硫黄の香る豪雪の一軒宿も最高だった。
気が付けば、何度も何度も通ってしまう津軽の地。本州最北端の青森県は、いい意味で、本当にいい意味で道の奥。あのときあけぼの号で弘前を訪れていなければ、もしかしたらこの悦びは知らなかったのかもしれない。
行ってみなければ、分からない。訪れた地が、偶然自分にしっくりくる。そんな偶然もこうして回を重ねれば、僕にとってはもう必然。東北、そして青森へ。僕の愛する地へと再び心穏やかに訪れることのできる日が来ることを願って、この旅行記を終えたいと思います。
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