松之山で迎える静かな朝。秋の山里というものを体現したかのような眺めとも、もうすぐお別れ。しばしの間この箱庭のような情景を眺め、朝の湯浴みへと向かいます。
分厚い浴感の湯に心身ともにすっかりと起こされ、お待ちかねの朝食の時間。今朝もおいしそうな品々が並びます。なすの煮びたしや里芋とさつま揚げの煮物など、手作りのおいしさ片手に頬張るご飯。その甘くふくよかな味わいに、新米の季節に来て良かったと心の底からしみじみ思う。
最後にもう一度松之山の濃厚な湯の力に抱かれ、後ろ髪を引かれつつチェックアウト。お湯良し、建物良し、味も良し。三拍子そろった魅惑の湯宿が、東京から簡単に来ることができる場所にある。またひとつ危ない宿を知ってしまった。必ず訪れるであろう再訪のときを信じ、送迎車に乗り込みます。
秋の入口を感じさせる色味に染まる車窓を眺めること約15分、ほくほく線まつだい駅に到着。乗車予定の列車まで少し時間があるため、駅の周辺を歩いてみることに。
駅の南側に回ると、立派な古民家を発見。約140年もの間豪雪に耐えてきたこのお屋敷は、現在は郷土資料館として利用されています。残念ながら、今の時間はまだ開館前。館内には雪国ならではの暮らしに関する展示がされているようです。
すぐ隣には、これまた重厚な蔵が。その脇には、竹を組んで造られたアート作品が展示されています。かつて松代城があったというここ城山一帯には、屋内外に様々な芸術作品が展示されているそう。
さらさらと流れる川沿いを歩いてゆくと、向かいの棚田には農作業をする人々の姿を模したオブジェが。おいしいお米は、農家の方々のこうした苦労に支えられている。改めて、そのことを忘れてはいけないと思わせてくれる。
そういえば、松之山温泉の不動滝そばにも大きな牛のオブジェがあったっけ。ここ十日町周辺では毎年アートイベントが開催されているそうで、まつだい駅に隣接するこの農舞台にも様々な作品が展示されています。
芸術的センスを持ち合わせていたらな・・・。と思いつつ農舞台を離れ、線路の北側へ。するとガードには、国鉄時代に建設された証である1978年の銘板が。紆余曲折あり、ほくほく線が開通したのは1997年。未成線とならずに日の目を見ることができて、本当に良かった。
それまで北陸へのルートといえば、長岡経由のかがやきか米原経由のきらめきだった。子供心に憧れた、百万石の華やかさを感じさせる愛称と特別塗装。そんな北陸への道をグッと近くしたのが、ほくほく線。
ほくほく線が華々しく開通したのは、僕が高校に上がる年の春。JR西日本のホワイトウィングや485系が使用される特急はくたかの中で、異彩を放っていたのが北越急行の所有するこのスノーラビットエクスプレスだった。
白い雪の中、何とも言えぬ気品ある色を纏った車両が疾走する。その姿をテレビで目にしたとき、僕の中に衝撃が走った。それから4年、ついに乗車が叶う日が。
二十歳の記念として計画した、社会人になってから初めての本格的なひとり旅。その行き先が、金沢だった。当時は少し上乗せするだけで新幹線も在来線特急もグリーン車に乗れるお得なきっぷがあり、せっかくだからと奮発したあの日が懐かしい。
駅前に佇むスノーラビットの石像と、まつだいふるさと会館に展示される本物そっくりの立派な模型。その雄姿に、思わず二十歳の僕が甦る。
あのとき通過した想い出の路線に、またひとつ目的地となる想い出の場所が生まれた。旅を続けていると、自分の中の地図が厚みを増してゆく。その悦びをひとり噛みしめ、あの頃の初心を思い出すのでした。
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