妙乃湯で思い出の湯を愉しみ、次の温泉へ。続いては妙乃湯から徒歩1分という近さの『大釜温泉』にお邪魔します。こちらの建物は昔の小学校の分校を移築したもの。年季の入った木が味わい深い色合いを滲ませています。
まずは浴場一杯に取られた広い湯船が気持ちの良い内湯。灰色掛かったにごり湯が掛け流されています。
恐る恐る入ってみると、あれ?入れる!!7年前に立ち寄った際は強烈な熱さで、会社のみんなと熱い熱い言ってほとんど浸かることができなかった記憶があるので、かなり警戒していました。
源泉は98℃もあるというこの温泉。酸性含ヒ素ナトリウム塩化物硫酸塩泉という泉質で、見た目の濁り具合に比べて硫黄臭はそれほど感じません。
酸性ということだけあり、入るとちょっとしたピリピリ感の味わえるお湯。木漏れ日に照らされた温泉は内湯とはまた違った色合いを見せ、揺れる木々と落ちてくるどんぐりを眺めながらの湯浴みは格別。きちんと温度管理がされていたので、熱湯源泉ながら今回は適温でいつまでものんびり楽しむことができました。
続いて大釜温泉から徒歩3分程度の『蟹場温泉』へと向かいます。田沢湖から別れ、乳頭温泉郷を目指してきた県道の突き当り、終点に位置する宿。この先へ向かう車もないので、ひっそりとした静かな環境に佇みます。
まずは混浴露天、唐子の湯へ。宿の外へ一旦出てゴム草履を履き、森の中の坂を下ること少し、広い露天風呂が姿を現します。
原生林に包まれた露天風呂。風呂以外人工物はなく、車の音も人の声もしない。聞こえるのはお湯が流される音と沢の水音だけ。木造の男女別脱衣所には立派な提灯が提げられ、横にほんのり灯る白熱灯。
このお風呂は、僕が乳頭温泉郷で初めて入った思い出のお風呂。その時は真っ白な銀世界でしたが、その静けさは今も全く変わっていません。無色透明の重曹炭酸水素塩泉はさらりと肌になじみが良く、湧出口には白い溶き卵のような湯の花が漂っています。
蟹場温泉の由来は、近くの沢に蟹がたくさんいたことから。その沢とはこの露天の隣に流れている沢のことかな、などと考えながら、緑に囲まれた静寂の世界に包まれます。
手付かずの自然に抱かれた、静寂の中の露天風呂。お湯と木漏れ日と秋風の心地よさに、いつまでもそこへ居たかったのですが、前回入っていなかった内湯も気になっていたため、そちらへと行ってみることにします。
内湯は宿を挟んで露天とは反対側。渡り廊下を歩いて駐車場脇の建物へと進みます。こちらは露天とはまた違う源泉で、同じ源泉で岩風呂と木風呂の2種類が男女別で用意されています。
岩風呂は小ぶりの落ち着いた浴室。今回はバスの時間もあったため、木風呂の方だけ入ることにしました。浴槽から壁、床まで、浴室全体が木に包まれた心地よい空間。広い窓からは山の緑が溢れ、透明な源泉かけ流しの湯船にその色を溶かしています。
鏡のように源泉が静かに掛け流される湯船に入ると、かなり大きな白い湯の花が目を引きます。こちらは単純硫黄泉。無色透明ながら硫黄の香りが感じられ、かき玉のような大きな湯の花がインパクト大。浴感もとても穏やかで、お湯自体はこちらの方が好みかも。
自然の中2種の異なる温泉を味わえる蟹場温泉。このお風呂はぜひ泊まって味わってみねばなるまい。内湯を味わい、再訪を心に決めるのでした。
4泊5日、温泉三昧だったこの旅もこれで終了。蟹場で最後の湯を心行くまで味わい、ここ乳頭温泉郷を後にします。大釜温泉の先から頭を出す駒ヶ岳。秋田駒と言われるその山は、まさに今、盛りの紅葉で彩られていました。
遠い遠いと言いながら、7年で4度も訪れることができた乳頭温泉郷。和モダンで快適な妙乃湯から始まり、これぞ秘湯といった風情の鶴の湯と黒湯へと続きました。そして今回の孫六温泉。孫六はそれらとは全く違った表情を持ち、素朴な思い出を僕にくれました。
狭いエリアに点在するそれぞれの宿。宿の個性も違えば、温泉の泉質も風情もまるで違う。これこそが乳頭温泉郷の最大の魅力なのかもしれません。来るたびに、以前よりも来たくなる。きっとまたここを訪れることでしょう。その確信ともいえる予感を胸に、『バス』へと乗り込むのでした。
バスは見慣れた道を走りつづけます。アルパこまくさからは、山に囲まれ鈍く輝く田沢湖。色付くために緑を手放しつつある木々とすすきが、初秋という何となく物悲しくもある雰囲気を演出します。
秋の空の下色づく駒ヶ岳。山頂に垂らされた紅葉という絵の具が麓を覆うまであと少し。前回の雪と紅葉という奇跡の美しさも最高でしたが、有終の美を飾るための準備をしている今の景色もまた最高。
バスに揺られつつ、移りゆく車窓にこの旅の思い出を重ねる道中。気が付けば、終点の田沢湖駅に到着していました。
岩手との県境を成す山々は、この日最後の西日が照り付け、文字通り黄金色の輝きを放ち、刻一刻と変化する美しい姿を惜しげもなく見せてくれます。
いよいよ帰京の時間。秋の夕暮のなか、ライトを輝かせるこまちが入線。その姿に、いつも以上の寂しさを覚えずにはいられません。
山間の日暮れは早いもの。乗車後間もなく、車窓は漆黒の闇に包まれました。あとはお酒を片手に記憶を想い出に変えるのみ。
そんなお供にと選んだのは、湯沢市の秋田県醗酵工業株式会社という何ともいかめしい会社が作る、純米吟醸小野こまち。駅前のお店、田沢湖市にある酒屋さんのお酒は色々と飲んでいるので、今まで飲んだことのないメーカーのを、と思って選んだこのお酒。
会社名のイメージからして地酒とはちょっと違うのかなぁ、と口に含んでみると、ちゃんと地酒の美味しさが。すっきりしていながら香りや甘味が感じられ、これから開ける駅弁にもぴったり合ってくれそう。
田沢湖駅の売店でも駅弁が少量売られていたのは目にしましたが、夕方ということもあり今回は品切れ。車内販売で何が来るかわからないまま手ぶらで乗車しました。
不安半分で待っていると、程なくして車内販売が到着。お弁当の種類を聞いてみると、幕の内と鶏めしとのこと。あぁ、やっぱりかぁ。そんな感想が頭をよぎりましたが、最近は自分が好んで買わないタイプの駅弁での当たりが続いていたので気にしません。
ということで、今回は関根屋が調整する「秋田比内地鶏こだわり鶏めし」を購入。でもやっぱり、○○めし系のお弁当は自発的には買わないんだよなぁ。そう言えば普段の食事でも丼物は余り食べない方だし・・・。
色々とグダグダ考えつつ蓋を開けると、思ったよりもバリエーションに富んだ内容で、これまでの気分は一変し一気に食欲が出てきます。
中央に載っているのは比内地鶏の照り焼き。地鶏ならではのしっかりとした肉質が食べ応え十分。鶏は下手をするとパサついたり硬くなりますが、冷めてもこの美味しさはさすが。
左にはごまがたっぷり入ったそぼろ。右には鶏をしっかり主張するつくね。その3種に化けた鶏はそれぞれ違った美味しさを持ち、どれもお酒やご飯が進みます。
そして一番うれしいのが、甘ったるくない絶妙な味付け。鶏系統の駅弁やお惣菜は無駄に甘い味付けにされがちですが、甘さとしょう油の風味のバランスがバッチリ。
ご飯自体にも比内地鶏のスープの旨味がしっかりと浸みこみ、お酒を飲みながら食べても全く違和感のない美味しさ。脇を固める秋田名物いぶりがっこやじゅんさいの酢の物も美味しく、ぜんまいの煮物もアテにぴったり。
いやぁ、この手のお弁当はまず買いませんが、こんなに美味しいものが散らばっているなら積極的に買ってみなければいけませんね。終盤はお酒を忘れ、一気に平らげてしまいました。
最後の東北グルメに舌鼓を打ち、こまちに揺られながら旅を反芻する3時間の道のり。湯疲れと小さな巨人の揺れに耐えきれず、仙台を越えたら爆睡モード。その分いつもよりもすっきりとした気持ちで、この東京駅に降り立ちました。
後生掛に始まり、ふけの湯、藤七温泉へ。ちょっとやそっとじゃ味わえない、究極なロケーションに抱かれた野趣あふれる八幡平の秘湯。そして、素朴で飾らない湯宿の良さを教えてくれた孫六温泉。そんな孫六温泉を抱えつつ、それぞれが違う個性を輝かせる乳頭温泉郷の宿たち。
この4泊5日の間で、これほどまでバリエーションに富んだ温泉を味わってしまうと、これ以上の行程はないのではないかと思えてしまうほど。八幡平・乳頭。それほど遠くはないエリアには、個性豊かな記憶に残るお湯がたくさん湧いています。そして、まだ見ぬ玉川温泉も。
これはまた来るしかない。濃厚な5日間を過ごし、またひとつ忘れがたい魅惑の地を覚え、以前にも増して東北に魅かれてしまうのでした。
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