長崎浪漫 ~初夏色の肥前路へ 2日目 ③~ | 旅は未知連れ酔わな酒

長崎浪漫 ~初夏色の肥前路へ 2日目 ③~

5月中旬26年ぶりの長崎ちゃんぽん発祥の店四海樓 旅グルメ

約3時間の軍艦島上陸クルーズを大満喫し、長崎港に無事帰還。時刻はもうすぐ12時。港から海を感じつつ20分ほど歩き、大浦に位置する『四海樓』に到着。

ここは、長崎といえばの名物ちゃんぽん発祥のお店。平日金曜日だからと思っていましたが、お店の前には長蛇の列。店員さん曰く待ち時間は1時間程度とのことでしたが、実際は40分ほどで入店。

5月中旬26年ぶりの長崎名物ちゃんぽん発祥の店四海樓ちゃんぽん
ちなみにここは、同じく名物の皿うどんも考案。ちゃんぽん麺を焼いてから具と炒め、少量のスープを加えてしみこませた太麺の皿うどん。そこから派生し、僕らの知るいわゆる皿うどん、細麺あんかけの炒麺ができたそう。

いやぁ、これは激しく迷う。でもここは初志貫徹、やっぱりちゃんぽんを食べることに。長崎を一望する空間で待つことしばし、待望の丼が運ばれてきます。まずは、きれいに白濁したスープから。

口に含んだ瞬間、ぶわっと押し寄せるコク深さ。全体的には、とてもやさしい味わい。だがしかし、旨味の奥行きがものすごい。鶏ガラと豚骨を使っているそうで、それぞれの良い部分のみががっちりと融合。もうこれは、ちょっとしたクリームスープほどの濃醇さ。

その豊かなスープにさらに深みを与えるのは、たっぷりの具材。野菜に魚介練り物と、それらの旨味が加わるからこそ、この厚みある旨味が出るのだろう。それでいて、しつこいようだが本当におだやか。深い滋味が、胃へとたどり着く前にすっと体に沁みてゆく。

つづいて麺を啜ってみれば、これまたその食感に驚いてしまう。これ、僕の知ってるちゃんぽん麺じゃない。それよりも少し太く、ぷりぷりとしている。どちらかといえば、ぱつぱつとした食感のイメージだったちゃんぽん麺。その概念を覆す瑞々しい旨さが、このやさしいスープと相性抜群。

しゃき甘野菜をわしわし頬張り、ときおり現れる魚介やかまぼこに嬉しくなり。そこを麺とスープで追いかければ、口いっぱいに幸せというものが満ちてゆく。

箸とレンゲが止まるはずもなく、汗をかきつつあっという間に完食。ちなみに相方さんの頼んだ炒麺もひと口もらいましたが、これまたやさしい餡と小麦香るバリバリ麺がこのうえなく好相性。

5月中旬26年ぶりの長崎四海樓のちゃんぽんに満たされグラバー通りを登ってゆく
いやぁさすがは元祖、旨かった。しばらくは、普通のちゃんぽんには戻れないかも。やさしくも重層的な旨さの余韻に浸りつつ、お土産屋さんの並ぶグラバー通りへ。

5月中旬26年ぶりの長崎幕末に建てられた白亜の大浦天主堂
多くの観光客で賑わう坂をのぼってゆくと、突き当りに現れる白亜の教会。いまから160年以上前の幕末に、長崎に在留する外国人のために建てられた大浦天主堂。国内で現存する最古の教会であり、国宝にも指定されています。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園入口
ちょっとばかり時間が押しているため、残念ながら大浦天主堂は外観のみ。そのすぐ右手にある入口から、『グラバー園』へと進みます。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧三菱第2ドックハウス
元からこの地に建っていた洋館のほか、市内に点在していた歴史的建造物を移築し開園されたグラバー園。坂下の入口から動く歩道を乗り継いでゆくと、まず現れるのが旧三菱第2ドックハウス。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧三菱第2ドックハウスベランダからの長崎港の眺望
この洋館は、外国人乗組員の宿舎として明治29年に三菱造船所に建てられたもの。現役当時はドックの横に建っていましたが、現在は長崎港を見下ろすこの地で第2の人生を送っています。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧長崎高商表門衛所
園の一番高いところにあるドックハウスからは、順路に沿って坂を下りながらの見学。一段下のところに建つ小さな建物は、明治38年築という旧長崎高等商業学校の表門衛所。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧長崎地方裁判所長官舎
さらに下ってゆくと、坂の途中で顔を出す瀟洒な建物。明治16年建築の、旧長崎地方裁判所長官舎。端正な下見板張りに玄関の破風と、和洋折衷の味わい深い表情をしています。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧ウォーカー住宅
その対面には、明治中期に建てられたという旧ウォーカー住宅。こちらも洋風の建物に重厚な瓦屋根がのる、和と西洋が組み合わされた独特な佇まい。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧ウォーカー住宅大きな窓が並ぶ日当たりのよい角部屋
周囲には多くの窓が設けられており、室内にはあたたかな陽光とともに新緑の輝きが。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧ウォーカー住宅ベランダから眺める長崎港
ベランダへと出れば、豊かな緑越しに青く輝く長崎港。移築前は、大浦天主堂横の斜面に建っていたというこの住宅。当時からきっとすばらしい眺望が楽しめたことでしょう。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧リンガー住宅
さらに一段下へと進んでゆくと、これまでの洋館とは趣を異にする重厚な建物が。この旧リンガー住宅は、明治元年に建てられて以来この地で長崎の変遷を見守りつづけています。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧リンガー住宅玄関内から三菱長崎造船所を望む
正面には、青い海と三菱長崎造船所。玄関から眺める光に満ちた情景は、額縁で切り取られた絵画のよう。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧オルト住宅
さらに奥へと歩いてゆくと、保存修理工事中の旧オルト住宅が。神殿を思わせる柱に車寄せ、それらに被さる瓦屋根。なんともエキゾチックな佇まいの洋館は、慶応元年にこの地に建てられました。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧スチイル祈念学校
その向かいには、明治20年建築の旧スチイル祈念学校。均整のとれた下見板張りと規則的に並ぶ窓により、なんとも端正な面持ち。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園に飾られた色とりどりのランタン中国提灯
折り返し順路に沿って進んでゆくと、木々に覆われた広場へ。新緑に華を添えるのは、色とりどりの中国提灯。夜にこれらが灯れば、それは幻想的な情景が広がることだろう。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅
そして姿をあらわした、旧グラバー住宅。いまから160年以上も前の文久3年築、日本に現存する最古の木造洋風建築。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅深い青に彩られた外壁と鈍く輝く屋根瓦の対比の妙
深い青に彩られた外壁に並ぶ、白く彩られたアーチ窓。どことなく南国を思わせる建物に、どっしりと威厳を与える鈍く輝く屋根瓦。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅豊かなみどりに囲まれ佇む瀟洒な洋館
ここは26年前にも訪れたはずだが、当時は建物と海がきれいだなというくらいの印象しか持てなかった。歳と旅を重ね、感じることってやっぱり変化するんだな。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅深みのある青に彩られたアーチを描く繊細な格子
それにしても、こんなに重厚感ある建物だったっけ。そう思い調べてみると、5年前に保存修理工事が竣工し外壁も塗りなおされたそう。この深みのある青色が、繊細な細工に締まりを与えてくれている。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅陽光あふれる温室
庭の植栽の豊かさからもわかるように、主のグラバー氏は大の植物好きだったそう。港を望む母屋の一画には、陽光あふれる温室も。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅落ち着いた雰囲気の洋室
瓦や漆喰、格子と日本の建築様式が多用されている一方で、室内は洋風の落ち着いた雰囲気。これが文明開化の前、江戸時代の末期に建てられたというのだから驚き。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅床にコンニャク煉瓦が用いられた明るい台所
離れには、窓から光の差しこむ明るい台所が。広々としたシンクに、レンガ積みのかまど。床材として使われているのは、明治期に長崎で造られていたというコンニャク煉瓦。普通のものより薄いことから、その名が付いたそう。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園旧グラバー住宅離れの裏には小さなバラ園
勝手口から出ると、色とりどりのバラが咲く花壇が。深い色をした漆喰壁に、太陽に輝く花の色味がよく映える。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園に併設された長崎伝統芸能館長崎くんちの演し物に使われる大きな船
園内に点在するさまざまな建築美に触れ、そろそろ次の目的地へと向かうことに。出口の手前には、長崎おくんちホールが併設されています。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園に併設された長崎伝統芸能館に展示された長崎くんち龍踊
その名のとおり、館内には諏訪神社の例大祭である長崎くんちにちなんだ展示がずらり。毎年10月には、船回しや龍踊といった勇壮な演し物が奉納されます。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園に併設された長崎伝統芸能館に展示された長崎くんち傘鉾
町内ごとに編成された踊町を先導するのが、この傘鉾。さきほどの船同様それぞれ趣向が凝らされ、他に負けじと絢爛豪華な姿へと競い合ってきたのでしょう。

5月中旬26年ぶりの長崎グラバー園を満喫し海を見ながらグラバー通りを歩く
26年前に訪れたときは、グラバー邸の記憶しかなかった。思った以上の見ごたえに、ちょっとばかり駆け足になってしまったな。これはまた、ゆっくりと時間をかけて再訪せねば。そんな次へとつながる宿題を胸に、海を見据えつつグラバー通りを歩きます。

5月中旬26年ぶりの長崎大浦天主堂電停に入線する長崎電気軌道5000形5系統蛍茶屋行き路面電車
四海樓の建つ広場に突き当り右折すれば、すぐに『長崎電気軌道』の大浦天主堂電停へ。ここから5系統の蛍茶屋行きに乗車します。

5月中旬26年ぶりの長崎長崎電気軌道車窓から眺める旧長崎英国領事館
幅の広い通りの中央を、のんびりごとごと走る路面電車。すると車窓にふと現れる、レンガ造りの旧長崎英国領事館。本当に、路面電車の走る街はいい街ばかりだ。

5月中旬26年ぶりの長崎新大工町電停で下車し亀山社中記念館へ
大きな車窓から長崎の街並みを愛でつつ揺られること20分ちょっと、新大工町電停で下車。相方さんリクエストの地を目指し、住宅地へと分け入ります。

5月中旬26年ぶりの長崎坂のまちらしい風情溢れる小径
海へと落ち込む斜面に広がる長崎の街。坂のまちの異名は伊達ではなく、すぐにはじまる登り坂。ふうふういいながら進んで行くごとに、ころころと変わる小径の風情がまたおもしろい。

5月中旬26年ぶりの長崎亀山社中記念館へと向かう道中坂のまちらしい階段の連なる情景
道しるべが出ていないため、スマホの地図を頼りに住宅街をずんずん登る。きっとたぶん、こっちだよ。そう言いつつ行く手を見れば、まだまだ道のりは険しいみたい。

5月中旬26年ぶりの長崎亀山社中記念館
坂のまちの洗礼に汗を流しつつ歩くこと15分ほど、亀山社中記念館に到着。その名のとおり、坂本龍馬の結成した日本初の商社である亀山社中があった場所。

5月中旬26年ぶりの長崎亀山社中記念館近くの龍馬のぶーつ像
時間の関係で、残念ながら今回は外観のみ。日本の近代化の源流となった地を後にし電停目指して歩いてゆくと、斜面のぱっと開けた場所に現れる巨大なブーツと操舵輪。実際に足を入れ、写真を撮る人も多いんだろうな。

5月中旬26年ぶりの長崎上野撮影局跡に設けられた写真機と肘置き台のモニュメント
行きとは違う道でありながら、やはり細くて段差のある住宅街の道。どうやってここに家を建てたんだろう。冷蔵庫や洗濯機の搬入なんて、大変だろうな。そんなことを話しつつ中島川沿いまで下ると、写真機のモニュメントが。

ここにはかつて、日本初の商業写真館である上野撮影局があったそう。そして誰もが目にしたことがあるであろう、肘をついた坂本龍馬の写真が撮影された場所。同じ構図で撮影できるよう、肘置き台も置かれています。

幕末から明治へ、味と建物でたどった長崎の歴史。ここからさらに時代は下り、昭和の悲劇を伝えるあの場所へと向かいます。

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