短くも充実した時間を過ごした、人生初の佐賀県。今度は絶対に、泊まりで来るぞ。再訪の誓いを胸へと刻み、武雄温泉を後にすることに。

復路も長崎空港利用のため、ふたたび西九州新幹線に乗車。佐賀のなかでも武雄や嬉野へ向かうなら、佐賀空港よりもこのルートのほうが近いかも。

西九州新幹線に使用されているのは、東海道や山陽新幹線を駆け抜けるN700Sと同型。とはいえ、そこをそのまま使わないのがJR九州。見慣れた2×3の自由席も、シートのモケットを変えるだけでこんなに雰囲気が違って見えるのか。

はぁ、愉しかったな。そう今回の旅を反芻していると、かもめ号は長崎に向け定刻に発車。ホームから出れば、車窓にはあまりにも特徴的な山容をもつ御船山が。

武雄温泉から走ることあっという間の12分、新大村で下車。新幹線の改札を出ると、そこにあるのは1面1線の単線ホーム。ローカル線らしい情景のなか待つことしばし、奇抜な格好をした大村線の区間快速が入線。

蓄電池を搭載した電気式気動車、YC1系。名前の由来となった「やさしくて力持ち」な走りを楽しむこと4分、長崎空港の最寄り駅である大村に到着。

本当は新大村からバスに乗り換える予定でしたが、相方さん調べで大村からのほうが早く着くことが判明。検索で出てきたバスターミナルを探していると、紛れもなくそれだ!と判る渋い建物を発見。

このターミナルが竣工したのは、いまから52年前の昭和49年。待合室を満たすのは、当時のままの空気感。昭和好きには垂涎ものの骨董品ですが、残念ながら建て替えが決まっているそう。

子どものころを思い出させる情緒に浸っていると、諫早からやってきた『長崎県営バス』の長崎空港行きが入線。長崎や佐世保からのリムジンバスは新大村駅やその近くを経由するため、時間によって利用する駅を選ぶと便利。

ターミナルを出ると、次は大村駅前のアナウンス。あ、駅前停まるんだ。バス停の場所を覚えておき、次回のアクセスの参考にしよう。
大村市街地を、地元の乗客の乗せたり降ろしたりしながら走るバス。空港アクセスとは思えぬローカル感に旅の終わりを重ねていると、いつしか車窓には大村湾のかがやきが。

旅のはじまりに眺めた海も、いまこうして見るとその青さがちょっとばかり胸に来る。西日の眩しさだけではない感情に目を細めていると、橋のゆく手には世界初の海上空港である長崎空港の姿が。

大村ターミナルから路線バスに揺られること約15分、長崎の空の玄関口である長崎空港に到着。龍踊くん、本当に長崎佐賀は善いところでした。必ずまた、戻ってきます。

八重山旅が恒例になるまで、なぜだか移動の選択肢として入ることのなかった飛行機。だからこそ、長崎は遠い場所だと感じられた。でもやっぱり、その速さは何物にも代えがたい。これならまた、いつでも来たいときに戻ってこられる。

去年一日がかりで海路で上陸した九州は、その遠さをしっかりと実感することができた。そして今回、四半世紀ぶりに空路で九州へ。あっという間の2時間足らず。魅力にあふれる大陸までのハードルが、一気に下がった気がする。

敢えて時間をかけて距離感を愉しむもよし、行きたいときにふらりと気軽に訪れるもよし。以前の僕なら、飛行機での移動は邪道だと考えていた節まであった。でもそこは、やっぱり適材適所。日程と目的に合わせて使えば、飛行機はものすごい味方になってくれる。

よし。また来よう、九州へ。昨年12年ぶりに訪れ、その魅力にすっかり恋をしてしまった未知なる島。今回は肥前をちょっとかじっただけだし、宮崎鹿児島もきちんと行ったことがない。そしてやっぱり、佐賀にも泊まってみなければだな。

まだまだ未踏の地ばかりの九州だが、確実にその魔力に憑りつかれつつある気がする。これはまずいことになってきたぞ。
そんなぞくぞくとするような野心を胸に味わう、上空1万メーターでのおやつ。武雄温泉駅で買った佐賀県小城市、天山本舗の抹茶一口羊羹。想像していたものよりも甘さ控えめで、だからこそ香る抹茶とここちよい苦味が堪らない。

家に帰り、旅の余韻に浸りつつ彼の地の味に酔うまでが大人の遠足です。初夏の青さに満ちた肥前旅。その想い出を反芻しつつ、長崎空港で仕入れた品々でこの旅最後の宴を。
こんがりとしたパンに、えびの旨味がベストマッチのハトシロール。アゴ竹は、ぶりんぶりんの弾力に込められたすり身の旨味が大爆発。ほんのりごま油のような香りも漂い、ちょっとこれはこれまで出逢ったことのない抜群の旨さ。
そしてメインは、空港のある大村の郷土料理である大村寿司。戦国時代、戦に勝った領主の帰還を祝うために領民たちが作ったのが起源だそう。
ふたを開ければ、ぎっしりと詰まった華やかな押し寿司。甘辛く炊かれた具材や錦糸卵、それを支えるすし飯の塩梅。梅ヶ枝荘とやまと、それぞれ味付けの方向性が異なり、違いを食べ比べるのもまた楽しい。
相方さん発案で、急遽行くことが決まった長崎と佐賀。軍艦島という主目的もさることながら、眼にするもの口にするものすべてが胸へと刻まれた。
西洋との貿易でもたらされたもの、近代化を支えた産炭や造船の記憶。大正時代の温泉リゾート構想と、今回辿った肥前路には人々の描いてきた浪漫がそこかしこに刻まれていた。
再訪によりあらたな想い出が蓄積された街が増え、またひとつ未知から再訪を願う地へと塗り替えられた。既知を深めてゆくことも、未知を開拓することも。どちらも甲乙つけがたい、旅をつづけることの原動力。
旅することへの欲求は、枯れるどころか増すばかり。我ながら強欲だなと苦笑いしつつ、旨い杵の川片手に長崎の記憶を高校生から44歳へと上書きしてゆくのでした。




コメント