三陸沖で迎えるおだやかな朝。ロールカーテンを開ければ昨夜からの雨も止み、曇天ながらうっすらと朝日の気配。それにしても、個室は快適すぎる。気付けばもう7時半過ぎ、旅館で寝て起きたときと感覚はまったく変わらない。

パジャマからTシャツ短パンに着替え、寝ぼけ眼を覚ますべく朝風呂へ。朝の光に照らされ煌めく海を眺めつつ、あたたかい湯に身を委ねる。大きな湯船では、ちいさなうねりに合わせて湯が行ったり来たり。船旅に宿る非日常という魔力が、それすら愉しいと思わせる。

昨日はちょっとばかり揺れたが、もう波はおさまったみたい。ゆったりと上下に揺れる水平線を眺めれば、涼やかな海風が湯上がりの汗をさらってゆく。

本当に、贅沢だな。このゆるりとした至福を味わってしまうと、もう忘れることなどできなくなる。ほかの旅では味わえぬ、唯一無二の旅情。長い航海のなかには、そんな魅力が数え切れぬほど散りばめられている。

期待していなかった雲間の青空を仰ぎ、船尾からは去りゆく航跡をひたすら眺め。こんな瞬間瞬間が、また次の航海へと僕を誘うのだろう。

さわやかな海風と存分に戯れ、自室に戻り朝ごはん。部屋に備え付けのちいさなIHでお湯を沸かし、セイコーマートのおにぎりとお味噌汁の朝食が完成。道産の鮭や昆布の味わいが、短いながらも確かに北の大地に居たということを思い出させる。

それにしても、本当にセイコーマートは何を食べても旨い。ぱりぱりの海苔と具がおいしいおにぎりに満たされ、敷きっぱなしの布団に転がり揺蕩う食後の甘美。うつらうつらと日頃の睡眠負債を返済していると、気づけば時刻はもう9時過ぎ。

危ない危ない、大事な儀式を見逃すところだった。さっと身支度を整え甲板へと向かえば、寄港地である仙台港はもう目前に。

苫小牧からひと晩かけ、海原を渡ってきたきそ。570㎞という距離を、路線バスほどの速度で行く。気の遠くなるような道のりだが、延々と紡がれてきた航跡が目的地を目指すことの大切さを教えてくれる。

旅立ちのだいぶ前から、天気予報を眺めては一喜一憂。今回は、晴れ空の下での航海は望めないな。半ばあきらめるようにそう自分に言い聞かせていたのに、ここにきてまさかこんな空がひろがるとは。

曇天には曇天の、そして雨には雨の情緒がある。旅の道中ではそう考える僕ですが、やはり青空の清々しさはこころを明るくしてくれる。
目を細めて仰ぎ見る、空と白いファンネルの鮮烈な対比。やっぱり航海は、こうじゃなくっちゃ。そんな悦びをひとり静かに噛みしめていると、いよいよ接岸態勢に。

その巨体を器用に操り、じわじわと岸壁へと寄ってゆくきそ。何度目の当たりにしても、繊細さを感じさせる着岸の様子には感嘆の声が漏れてしまう。

だんだんと小さくなりゆく、船と陸の隙間。もうまもなくだ。そんな高揚感に包まれていると、すぱーんという音とともにもやい銃が発射。引き揚げられたロープが係船杭に掛けられ、きそはついに東北の大地と結ばれた。

苫小牧から海原を渡ること570㎞、14時間45分の航海を終え寄港地仙台港に到着。ひさしぶりの陸地の感触を確かめつつ歩く、長い長いボーディングブリッジ。そこから間近に望む雄姿に、あらためてきそという船に惚れ直す。

苫小牧名古屋間を乗り通す船客は、事前に申請しておけば仙台港での一時上陸が可能。この日は15分ほど早く着いたため、滞在できる時間は2時間半程度。さすがに市内まで行くのは難しいですが、近くにはぜひ立ち寄りたいお店が。

そのお店というのが、仙台牛たんのお店の中で僕の一番のお気に入りである『たんや善治郎』。仙台駅付近の店舗は行列必至の人気店ですが、港から歩いて20分ほどにあるここ多賀城店はそこまでではない模様。

9時45分に上陸したため、お店に着いたのは開店50分前。店頭には順番待ちの紙がすでに出されており、はやくも先客が。僕も急いで名前を書き、目の前のイオンを覗いたり周辺を散歩。少し余裕をもってお店に戻ると、平日の11時前とは思えない人の数。
様子を見ていると、どうやらきそからの下船客が多いよう。そりゃみんな同じことを考えるよな。すんなりと一回転目で席に着けてほっと胸を撫でおろしつつ、手際よく焼かれてゆく牛たんたちを眺めます。
配膳がはじまるにつれ、店内へと漂いだす魅惑の香り。視覚も嗅覚もまだかまだかと訴えるなか、ついに注文の品が到着。いつも決まって真中たんばかり選んでしまうのですが、今回は前々から気になっていた真中たん・善治郎定食を食べることに。
まずは熱々のテールスープをひと口。れんげでするりと流し込めば、ふわっと広がりゆくしみじみとした滋味。テールから染み出る牛の甘味、それを引きたてる必要十分な塩梅。そこにときおり風味と辛味を添える長ねぎが、食欲を一層刺激する。
さまざまな形で牛たんを味わえるこの定食。ぶりんと香ばしく、ジューシーさに肉々しさが込められた牛たんソーセージ。塩味の牛たんつくねはほっくりと旨味が凝縮され、ほろりとほどけるやわらかいゆでたんもまた絶品。
そしてやっぱり、王道の真中たん塩焼き。一本から1~2枚しか取れないという、牛たんの中で一番やわらかいとされる希少部位。さっくりと歯切れよく、噛んだ瞬間迸る大量の肉汁。たんのクセや臭みなどはどこにもなく、そこに宿るのは豊かな甘味と旨味、そして炭火の香り。
うわぁ、やっぱり善治郎は旨すぎるな。それぞれのもつ個性豊かな味わいと麦飯の共演に、しあわせな時間はあっという間に過ぎてゆく。最後に南蛮味噌をお供にとろろご飯で〆、もうお腹もこころも大満足。
この並びには、お隣岩手の味を愉しめる焼肉ヤマトも。これはまた、うれしい悩みの種が増えてしまった。香ばしさあふれる仙台の旨し余韻に包まれ、はやくも次の船旅への良からぬ妄想は膨らんでゆくのでした。



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