短くも濃厚であった、信州での2泊3日。暮れゆく空に寂しさを感じつつも、それを上回って余りある満足感と幸福感に包まれます。
お土産も買ったし、旨い料理と酒も愉しんだし。もう思い残すことは何もないと、充実感に満たされ駅の中へと入ります。その入口で出迎える、立派な表札。戦後に建てられた3代目の松本駅に掲げられていたものだそう。これまで松本からの帰路はバスだったので気付きませんでした。
そして僕を東京へと連れて帰るのは、もちろん特別急行あずさ号。僕にとって近くて遠い、そんな列車。
よくよく考えてみれば、こうして松本を列車で離れるのは、松本城を初めて見たあの日以来、約四半世紀ぶりのこと。走る車両も自分の歳も、何もかも違いますが、それでもあずさ号は今でも大動脈として力走を続けています。
この3日間、信州の地酒はたっぷりと味わったので、帰りの供にはもう一つの長野の顔、ワインを連れて行くことに。今では駅の売店でも手軽に国産のワインを買うことができ、ワンカップやビール、チューハイを片手にした列車旅とはまた違った雰囲気を楽しめます。
松本駅を滑り出したあずさ号は篠ノ井線を南下し、塩尻から中央本線に入ります。赤と白、両方用意したワインは、ここ塩尻産。駅のホームにはぶどう棚もあり、ワインの町であることを感じさせます。
ワイン片手に余韻に浸る帰り道。そう言えば、新幹線ではなく、在来線の特急で旅を終えるなんて、どれくらい振りだろうか。松本平と甲府盆地を隔てる山に挑む列車に揺られながら、そんなことを考えます。
漆黒の車窓に明かりが見えてきたら、甲府盆地へと入った合図。あずさ号は盆地の縁を器用に縫いながら、坂を下り走り続けます。
地形に挑みつつ寄り添わなければ走れない鉄道の不器用さを体現したかのような、中央本線。昼の車窓もさることながら、街の灯りが行ったり来たりする夜の眺めも、また幻想的。
列車は甲府を過ぎて再び盆地の縁へと挑み、険しい鉄路を踏みしめてゆきます。気が付けば大月を過ぎて関東地方へ。もうここまで来れば、僕の日常。乗車したあずさ号は、三鷹駅に停まる列車。僕はここで降り、吉祥寺で乗り換えて、家へと帰りました。
子供の頃から憧れの存在であった、特別急行あずさ号で行く、信濃の旅。その濃厚な2泊3日を、生まれ育った場所で締めくくる。何とも言えぬ感情が、心から溢れてきそうになるのを抑えます。
東北に並び、僕の好きな場所、信州。中央本線と中央道沿線という実家の立地から、子供の頃から親近感を覚える場所でした。それでも、連れて行ってもらうだけの子供にとっては、遥か遠い場所に思えたものです。
通過する特別急行や、時刻表に書かれた早朝の普通列車の掲げる行先である「松本」を目にする度に、僕の心は遠くへと飛んで行っていたのを今でも思い出します。
改めて、あずさ号で行って良かった。僕と信州を繋ぐ鉄路は、三十年来の憧れを超えて、僕にまだ見ぬ信濃の宝を魅せてくれた。あずさ号と、上高地。僕に新しい想い出を授けてくれました。
コメント