梓川に寄り添う静かな道を進み視界が開けると、そこには人の営みの気配が。大正池から自然の真っただ中に抱かれた歩道を歩いてきたため、建物自体を見るのが久しぶり。それが少し残念でもあり、ちょっとホッとするようでもあり。
帝国ホテルの近くに架かる田代橋より上流は歩く人の数も増え、いよいよリゾート地としての上高地の中心へと差し掛かりつつあることを感じさせます。
それにつられるようにして道幅も広がり、先ほどまでとはまた違った開放感の中での散策に変化。道端の白樺が、そんな華やかな山岳リゾートの雰囲気を一層盛り上げます。
道はなおも川に沿って進みますが、梓川はここで大きくクランク状にカーブ。視界が一気に開けた時のこの爽快感は、言葉にならないほど。
カーブを抜ければ、広大な川原をゆったりさらさらと流れる梓川と、その奥に聳える穂高連峰の眺め。
この白く広い美しい川原では、数組がお昼を広げる光景も。こんなロケーションでおにぎり食べたら、格別に違いない。景色と空気が良ければ、何を食べてもご馳走になることでしょう。
空と水の青の他にも、こんなところにもまた違う青が。初夏の陽射しを浴びて柔らかく青く輝くこの小さな花は、エゾムラサキという花だそう。
北海道とここ中部地方だけに分布するというこの花。そんな貴重な花ですが、上高地の初夏を彩る代表的な花だそうで、道中たくさん目にすることができました。
威風堂々と天を衝く穂高の山もいよいよ近くなり、自然に抱かれた上高地さんぽももうすぐ折り返し地点。遠くにはあの有名な橋の姿も見え隠れし、次第に僕にも記憶のある上高地の姿になってきました。
その途中には、眼にも涼しい残雪が。5月の爽やかな上高地と言えど、これだけ良い天気の中歩くと少々汗ばむ。そんな中のご褒美に、休憩地点までの足取りも軽くなるのを感じます。
そしてここからは、僕も目にした上高地。でも、前回とは何から何まで違った印象に驚きと感動を抑えられません。
前回訪れた上高地は生憎の雨。川霧の漂う幻想的な姿ももちろん美しかったのですが、長年僕が憧れ続けてきた上高地は、まさにこの姿。
空も水も山も木々も、全てが胸のすくような初夏の装い。掛け値なしに、心の奥底から自然の力と神々しさを感じさせてくれるこの光景。このタイミングにここへ来られたことを感謝せずにはいられません。
有名な河童橋の上から、今まで辿ってきた道を振り返ります。奥には大正池を生んだ焼岳が。あの場所からここまで、一時間と少しの間にどれほどの美しさと感動が詰まっていたでしょうか。その距離や時間の数倍、数十倍もの充実感と感慨が、今自分の中に満ちてくるのを強く感じます。
そして後ろを向けば、これまで目指してきた穂高岳が文字通り立ちはだかるように聳える雄姿が。少し雲が出てきましたが、これまでの道中、惜しげもなくその壮大な姿を見せ続けてくれたことに感謝。
時刻は丁度お昼時、良く歩き火照った喉と心地よい空腹を癒すため、今回も『河童食堂』でお昼休憩を。この景色と生ビール、もうそれだけで充分過ぎるご褒美。文字通り至福の瞬間が、喉から下りてくる感覚を愉しむ、ただそれだけ。
目と喉と心で味わう爽快感に心酔していると、注文した品が運ばれてきました。今回は、きのこと山菜がたっぷり載った河童そばを注文。これからまた少し歩くつもりなので、軽めのチョイス。
といっても、思っていたよりも大ぶりなきのこやシャキシャキ感の残る山菜がたっぷりと入っており、十分満足なボリューム。だしの味付けも、きのこや山菜の素朴な風味を邪魔しない程度の丁度良さ。
旨いビールとそばをグイッと、つるっと。最高の時期と天候に恵まれた上高地さんぽの前半の感動を反芻しつつ、午後への英気を養うのでした。
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