雨上がりのしっとりとした風情のなか大沢の湯に包まれ、火照りを感じつつ湯上り散歩へ。秋という季節の持つ郷愁を体現するかのように、色付き始めた木々を背負い佇む渋い茅葺屋根。
いつもなら、この時間帯には温かな灯りがもれる菊水舘。ですが現在、ここへと渡る橋が通行止めのため休館中。迎える旅人を失くした茅葺は、ひっそりと物寂しそうに横たわります。
今はギャラリーとして公開されている菊水舘。その姿は、宿泊客を再び迎えるその日を待ちわびるかのよう。色付き始めの紅葉が、その渋い湯宿に彩りを添えようと静かに寄り添います。
これまでは、菊水舘の宿泊客でなければ入ることのできなかった館内へ。この広い和室には、湯治屋とはまた違った湯宿の温もりが染みこんでいます。
以前は食堂として使われていた広い部屋。本来ならば、もうすぐ賑わうはずの時間。現在は古いお膳や食器が飾られていますが、目を閉じれば今なお人々が夕餉を愉しむ活気が感じられるよう。
そんな旅人の余韻宿る食堂に飾られた、古い番傘。長年に渡り山水閣や自炊部と共に歩んできた歴史が、この渋い色味から伝わってきます。
古き良き情緒を感じつつ、階段を上り2階へ。菊水舘、中はこんな感じになっていたんだ・・・。湯治屋とも違う、木造の湯宿の温かな風情。これ、僕の好きなやつ。一度は泊まってみるべきだった。
角部屋に座れば、窓一面に溢れる秋の情緒。もう間もなく、ここは紅や黄に染まるに違いない。広くとられた窓には、四季折々の美しい景色が映ることでしょう。
広い縁側へと向かえば、木枠の窓越しに眺める茅葺屋根。またひとつ新しい顔に触れ、より一層大沢温泉を好きになってしまう。
何度か訪れている大沢温泉。いつも湯治屋に泊まっていますが、実は一度は菊水舘に泊まってみたいと画策していたのです。それなに、それなのに。いつか復活してくれたなら、今度は絶対泊りに来よう。菊水舘から望む湯治屋も、きっと味わい深いに違いない。
これまで知らなかった新たな大沢温泉の魅力に触れ、再訪の宿題がまた増えてしまった。来れば来るほど、また泊まりたくなる。そんな宿での滞在も、気づけばもう最後の夕食の時間に。
ここでの2泊は、やっぱり短かったかなぁ。いや、何泊してもあっという間なのは経験済み。あぁ、でもまだまだここに居たい。そんな悶々とした気持ちをひとり抱え、今宵も食事処やはぎで旨い酒を飲むことにします。
浜千鳥のお供にと選んだのは、この2品。前沢牛を使ったという牛すじこんは、溢れる肉々しい牛の風味が印象的。すじのぷりトロと赤身の凝縮感、この二つの味わいを噛みしめれば、地酒が進まないわけがありません。
甘辛の牛すじでちびりとやりつつ、お新香でさっぱりと。大根はたくあん、割り干しキムチ、甘酢漬けと姿を変え、それぞれ味と食感の違いが楽しい。ごぼうもコリっとした歯ごたえと共に広がる香りがおいしく、きゅうりに染みたからしの刺激が浜千鳥を誘います。
好きな宿で好きな味を噛みしめつつ過ごす、豊かな時間。そんな夕餉の締めくくりにと選んだのは、更科のかけそば。細身の十割そばは口当たりがよく、そばの風味を邪魔しない上品なおだしと共に啜ればお腹も心も温めてくれるよう。
旨いつまみに旨い酒の余韻を自室へと持ち帰り、最後の夜の宴の続きを。そのお供にと選んだのは、遠野市は上閉伊酒造の遠野夢街道特別純米酒。するりとした飲み心地の中に、お米やお水の良さを感じさせるおいしいお酒。
浸かって、寝て、食べて、飲んで。旅先で味わう久々の贅沢に、今はただただ酔っていたい。自宅でこれをやろうとは思わないし、やってもきっと愉しくないだろう。旅のもたらす絶大な力に心酔しつつ、大沢温泉での夜は静かに流れてゆくのでした。
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