藩政時代や昭和の風情を味わわせてくれた黒石に別れを告げ、再び『弘南鉄道』に乗車し次なる町を目指します。
車内へと一歩入れば、一気に包まれる懐かしさ。この車両が東横線を駆けていた頃に乗ったことはありませんが、このつり革広告を見ると小さい頃の記憶が甦るかのよう。東横のれん街はマークシティーに移り、渋谷の駅もその頃とは大きく変わってしまいました。
この車両が生まれたのは、昭和39年。誕生から55年もの間、休むことなく旅客を運び続けています。長年の使用に耐えうる古老を造った東急車輌も、今はもう過去の記憶。この電車には、古き良き昭和の空気がぎっしりと詰まっています。
レトロな弘南鉄道に揺られること12分、津軽尾上駅に到着。駅構内に残る素朴な横断場を渡り、大きな寺社風の屋根が印象的な駅舎へと進みます。
長閑な道をのんびり歩いていると、変わったシルエットの生け垣が。現在は平川市となったこの地域は、旧尾上町の時代から生け垣を守る条例を制定し緑豊かな景観を残しているそう。この道も、生垣ロードと名付けられています。
夏の陽射しに灼かれつつ進むと、立派なりんごの木には枝もたわわに実る青い実が。これからもっと大きくなり、秋には艶々の美味しそうなりんごが収穫されることでしょう。
それにしても、夏休みだなぁ。大屋根の民家や古い蔵、そんな長閑な町並みを彩る青々とした生垣。この豊かな農村の風情を一番味わえるのは、もしかしたら今の季節なのかもしれない。
更に歩みを進めてゆくと、ひときわ目を引く独特な形の立派な生垣が。あ、きっとこれ、岩木山。優雅に弧を描く姿は、この地を守り続けている津軽富士に違いない。
きれいに刈り込まれた津軽富士に別れを告げ先へと進むと、そこには本物の岩木山が。夏の勢いを感じさせる田んぼの先に、裾野を広げる優美な姿。今日一日、様々な美しさを魅せてくれている岩木山。7年前から通うこの地ですが、今日が一番美しくその姿を味わえているかもしれない。
津軽の夏を浴びつつ駅から歩くこと約15分、猿賀神社の大鳥居が姿を現します。参道を守るように幾重にも連なる鳥居の姿に、この神社が集めてきた信仰の厚さが感じられるよう。
紅白の大きな鳥居をくぐりつつ参道を進み、深い緑に包まれる境内へ。木々の見上げるほどの高さから、古くからこの地を守り続けてきたという歴史が伝わります。
重厚な石鳥居をくぐると、こちらを見つめ出迎えてくれる三対のかわいい狛犬たち。それぞれ大きさも形も違いますが、一様に愛嬌ある表情で参拝者を迎えます。
1200年以上もの間、この地に鎮座するという猿賀神社。この社殿も昭和13年築、80年以上もの長きに渡り津軽の風雪に耐え続けているそう。その歴史が刻まれた重厚な拝殿に、初めて尾上を訪れられたことのお礼を伝えます。
それにしても、目を引く見事な彫刻。躍動感ある龍は金に光る眼で睨みを利かせ、その傍らでは同じく鋭い眼でこちらを見る勇ましい唐獅子の姿。これらの眼で見つめられれば、自ずと背筋が伸びてしまう。
荘厳な空気に包まれる猿賀神社にお参りし、隣に位置する鏡ヶ池へ。朱塗りの鳥居を境にして深い森から広々とした池へと視界が開ける様は、まさに胸のすくような眺め。
猿賀神社の神池である鏡ヶ池は、蓮の群生地としては北限なのだそう。水面を埋め尽くさんばかりに茂る蓮の葉は鮮やかな緑に輝き、その上を赤い欄干の橋で渡ればどこか違う世界へと迷い込んでしまいそう。
池の中央に浮かぶ中島に建つ、朱塗りが鮮やかな胸肩神社。その周囲を埋める青々とした蓮との対比は、夏というこの時期ならではの鮮やかな美しさ。
360度、ぐるりと広がる、蓮、はす、ハス。幾重にも茂る勢いある葉の間には、優しい桃色を纏った花がちらほらと見え隠れ。赤い橋で結ばれた小島から眺めるこの光景は、どことなく現実離れしたお伽の世界。
可憐な花を間近で見れば、夏の陽射しに透かされ漂う儚げな色彩。桃から白への移ろいは、見る者を夢見心地にさせる妖しい美しさ。
文字通りの蓮の群生に心奪われ、生命力にあふれる鏡ヶ池を愛でつつ小休止。池端に出ていた屋台でアイスを買い、ベンチでその冷たさを味わいます。舌に感じる、さっぱりとした冷涼。氷菓と表記したくなる素朴な味に、胸苦しいほどの夏休みを感じてしまう。
肌を灼く陽射しの熱さとは対照的に、喉を下りるアイスの心地よさ。池畔で一服の清涼を得て、更に歩みを進めます。蓮の茂る鏡ヶ池の横には、大きな鯉がたくさん泳ぐ見晴ヶ池。隣り合ったそれぞれ違う表情を持つ池の姿に、この神社の懐の大きさを感じます。
フリーパスを持っているからと、ふらりと立ち寄ってみた津軽尾上。田園風景から神社まで、この町のもつ豊かな表情に圧倒されてしまう。そしてこの先、更に味わい深い庭園へ。夏の尾上歩きは、まだまだ続きます。
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