体から漂う硫黄の香とビールの余韻に浸っていると、いつしか景色を白く染める降りしきる雪。空から舞い散る粒の細かさに、この地の雪質の良さを感じます。特に今年は雪が多いそうで、きっと滑ったら気持ち良いんだろうと想像してしまいます。
露天風呂で細かい雪に打たれ、心身共に冬色に染まったところでもう夕食の時間に。食卓にはおいしそうな品々が並んでいます。まずは山芋やなめこおろしといった前菜から。さっぱりとした味わいとともに、会津の旨い酒を始めます。
そして嬉しい、郷土の味。太めに切られたいかにんじんはポリポリとした食感と風味が心地よく、鰊の山椒漬けも間違いない旨さ。じっくり噛みしめ、染み出た旨味を地酒で流します。
鶏や根菜、こんにゃくが取り合わされた煮物は、濃すぎず薄すぎずのホッとする味わい。湯豆腐は熱々を持ってきてくれ、ポテトサラダもほっくりとした手作りの味。
そして驚いたのが豚の陶板焼き。普通の豚だと思って食べてみると、ものすごく柔らかくて甘味がとても濃く、白身が厚いのに全く脂のクセがない。こりゃ只者の豚ではないなとお品書きを見てみると、麓山高原豚という銘柄豚なのだそう。
続いて焼き立てを運ばれてきたのは、鮎の塩焼き。表面パリッと香ばしく焼かれ、お腹のちょっとした苦みと風味がこれまた地酒を誘います。
こちらも揚げたて、サクサクの天ぷら。いわき産のメヒカリはほっくほくの身質で、じんわりと広がる白身の滋味が美味。熱を通されたりんごは、程よい食感と引き立つ甘酸っぱさが堪りません。
そして何より嬉しかったのが、まんじゅうの天ぷら。約5年ぶりとなる再会に、思わず胸がときめきます。サクッとした衣の中には、ふっくらとした皮としっとりとしたあんこ。油のコクも合わさり、まんじゅうは天ぷらにしなければ勿体ないと思えるほど僕は好き。
〆には熱々の白いご飯。このご飯がまたとにかく甘くてふっくら。地元猪苗代産のコシヒカリだそうで、それを炊く水もきっと良いのでしょう。地元会津の味に満たされ、お腹も心も大満足で部屋へと戻ります。
レトロな雰囲気漂う館内を歩いていると、これまた渋い木枠の窓の外に鈍く輝く太いつららたち。夕刻から降り始めた雪はその勢いを弱めることを知らず、駐車場をあっという間に純白に染めてしまった。
あとはもう、お酒とお湯だけを愉しむ時間。昨日の残りの榮川を傾け、お腹も落ち着いたところでお風呂へと向かいます。到着時は檜風呂が男湯でしたが、これからの時間は岩風呂が男湯に。
扉を開けると、まず目に飛び込むのが巨大な岩。岩風呂と言っても浴槽が石造りということではなく、中央に巨岩が鎮座しているということなんですね。
その苔むした岩を挟み、ふたつ並ぶタイル張りの浴槽。そのそれぞれに岩から源泉が惜しげもなく掛け流され、大小の浴槽からは青白くシルキーなお湯が絶えず溢れては流れてゆきます。
肌に馴染みの良い中ノ沢の湯を、より肌触り良くしてくれるタイルの感触。浴室内に充満する硫黄の香りを胸いっぱいに吸い込みつつ、岩肌を染める苔の緑に癒される。露天風呂も良いけれど、静かな夜にはこんな内湯の情緒も捨てがたい。
内湯ならではのしっとりとした時間を過ごし、ホクホク顔で部屋へと戻ります。窓の外が異様に白いと思い見てみれば、降りしきる雪は木々の枝まで白銀に染めてしまった。
舞い散る雪を眺めつつ、静かに過ごす夜。次なるお酒にと選んだのは、会津若松は名倉山酒造の醸す名倉山冷美月弓。しっかりとした旨さはありつつも、すっきりと飲めてしまうおいしいお酒。
空からの白い使者に誘われ、思いの向くまま露天風呂へ。足元には新雪ならではの柔らかさを、頬には細かい雪粒の冷たさを感じつつ歩く夜の道。体は寒いのに、なぜか心は温かい。この心地よい冷たさを味わいたいがために、冬の湯旅へと赴くのかもしれない。
灰白色に染まるにごり湯と、より一層濃さを増した雪化粧。白熱灯に照らされ漆黒の夜闇に浮かぶその姿に、思わず息も言葉も呑んでしまう。
しんしんと降る雪の中、静かに揺蕩う夜の露天。近くを流れる川音すら吸い込んでしまいそうなほどの深い雪、肌を包むいで湯の温もり。ずっとこんな時間に染まっていたい。そんなことすら考えるのをやめ、ただひたすらに中ノ沢の深い夜に溶けてゆくのでした。
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