湯沢や横手といった大きな街を通り過ぎ、列車に揺られること2時間、今宵の宿の最寄である峰吉川駅に到着。木造の無人駅で周りは住宅地。ここに温泉宿があるのかい?と思うような場所です。
峰吉川駅から宿までは公共交通機関が無いので、お宿に送迎をお願いします。車は農地や家の続く田園風景の中を走り、大河雄物川に架かる長い橋を越えて強首の集落へ。その中でも生い茂る木々がひときわ目を引く場所が、今宵の宿『樅峰苑』です。
外観からして物凄く贅沢な造りのお屋敷に圧倒されつつ、チェックインを終えて部屋へと通されます。女将さん曰く、もともと屋敷だったので窓の無い部屋でごめんなさいね、とのこと。でもいいんです。僕はこの建物に泊まりたくてここを選んだのだから。
お部屋は窓は無いものの、それが逆にこの空間の渋さを引き立てるかのよう。濃い木目が多用された室内は、とても落ち着きを感じる空間です。
早速浴衣に着替え、旅の汗を流すためお風呂へとむかいます。と、その前に、味わいのある建物を少しだけ探検。館内には木造の温かみが溢れ、この空気感だけでもここに来た甲斐があるというもの。
こちらのお屋敷は大正時代に建てられたもので、その歴史は深く、江戸時代には代々庄屋を務めたような名家だそう。
建物の周囲には木々が生い茂り、古い波打ったガラスを緑色に染めています。その緑に映える屋根の赤が印象的。
お部屋のある2階から1階へと向かう階段。飴色に輝く木目の美しい舟形天井や、緻密な彫刻が施された欄間が、この建物の贅沢さを物語ります。
和風な天井廻りから一転、手すり部分は洋風を思わせる造りに。この和洋折衷の独特な雰囲気が、大正時代の面影を色濃く匂わせます。
当時の贅を尽くして建てられたこの建物。舞う鶴を模った釘隠しが、細部にまでこだわって建てられたこの建物に詰められた美意識を感じさせます。
そして僕が一番見たかったもの、それがこの光り輝く廊下。見ての通り、この長い廊下には、つなぎ目が一切ありません。16mを超える一枚板、それも天然の秋田杉。このお屋敷がいかに贅沢な造りかが、ここひとつをとっても十分すぎる程に伝わります。
名家・豪農が大正時代に建てたこのお屋敷。宮大工によって造られたそうで、国の登録有形文化財にも指定されています。鄙びた木造旅館も大好きですが、このような息を呑むような圧巻の造りの建物もまた大好き。
そしてこの廊下の放つ輝きが物語るように、人々に愛され大切にされてきた建物のみが持つ、歴史を感じる重厚さと温かみ。このお屋敷には、人と時が作り上げてきたからこその輝きが散らばっています。
僕はこの建物に逢ってみたかった。それが今こうして叶う喜び。ここに一晩泊まれることの喜びに、お風呂に入る前から逆上せ気味になるのでした。
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