朝日を背負い、黒々とした姿で聳える大日岩。その奥から湧く火山の恵みに浸かりながら吸い込む朝の空気と硫黄の香りは、高原の温泉宿に泊まったからこそ味わえる贅沢。
空との近さを感じさせるような、優しくも力強い光線を放つ太陽。その光を煌めかせる湯面からは、登っては消える湯けむり。揺れて儚く消えてゆく様をぼんやりと眺めていると、ここにもっと滞在したい、そんな贅沢な願いが浮かんでは消えてゆきます。
細かい湯の花と湯けむりが漂う朝風呂を気の済むまで満喫し、湯上りのちょっとした散策へ。須川高原温泉は岩手と秋田の県境に位置し、徒歩1分で秋田県に突入。嘘偽りなく日本の背骨に位置する高原の宿という証です。
県境を越えるとすぐそこにある、須川温泉栗駒山荘。こちらも前回立ち寄りで訪れた宿。源泉は須川高原温泉と同じものですが、こちらの露天風呂はまた違った雰囲気で、その眺めも格別、いや、別格。
山の宿を体現したような須川高原温泉もさることながら、開放感がありつつ、切り取った一幅の絵の中に自分も包まれているような、こちらの露天も忘れられない。前回訪れた時は曇りでしたが、今日のように鳥海山が見える程の晴天ならば、もっとすごい眺めを楽しめたことでしょう。二つの宿は徒歩で行き来ができ、入浴券もいただけるので、長期滞在ならばぜひはしご湯をしたいものです。
岩手秋田を往復した5分散歩を終え、汗が引いたところで朝食を頂きます。昨日と違い平日で宿泊客が少な目ということで、今朝はお膳での用意。鯖や玉子焼き、たらこに切り干し、長芋に海苔納豆と、僕の食べたい朝食のおかずがもれなく載っています。
目の前に広がる青い朝空、そして裾野を広げる蒼い鳥海山。その眺めが、美味しい朝食を一層、より一層美味しいものにしてくれる。旅の贅沢って、お湯や食事だけではない。その環境こそが、実は一番願っても手に入りにくい贅沢なのだと、この宿の窓の外を見る度に思うのです。
美味しいご飯と美しい眺めをたらふく味わい、部屋へと戻ります。風雪に耐えてきた宿の赤い屋根越しに見る鳥海山と、それを呑もうとする雲海。疲れは昨日全て吐き出して、ようやく体調も本調子になったというのに・・・。もっともっとここに留まっていたいという叶わぬ願いを抱いてしまいます。
あっという間の2泊3日。実は連泊してこれほどお風呂に入らなかったことはありませんでした。というのも、昨日は布団から起きられずに寝てばかり。朝晩を除けば、日中は2回くらいしか温泉に入れませんでした。
この時は、そのことがとてつもなく勿体無く、残念で悔しく思えました。でも今考えれば、この旅のために取った年休は半年以上振り。そして二連休自体、これも半年以上振り。そりゃぁ自覚の有無問わず疲労が溜まっていたはず。
そんな僕の凝り固まった心身の疲れを、この湧き溢れる力強い地球の恵みが、解きほぐしてくれたのでしょう。ビックリするくらい、本当に昨日は布団から出られなかった。それは、今は湯浴みより休養だよ、と言ってくれていたのかもしれません。
ずっと泊まりたいと思い続け、やっと来ることのできた山上の宿。そして過ごした連泊という静かな時間。
ごつごつとした登山道を、いで湯を見ながら歩いて振り返れば、眼前に広がるのは、ただただ雄大で神々しいばかりの、奥羽の自然。裾野を広げる鳥海山を目にすれば、最後の最後までこびりついていた疲れも、いつしか飛んで行きました。
青と緑が支配する、初夏の高原。そんな夢世界ともお別れの時が。『岩手県交通』の一関駅行きバスに乗り、下界へと降りることにします。
今回は、本当に転地療養という言葉を実感、体感しました。1126mに位置する須川高原温泉は、まさに山上の別世界。憧れ続けやっと来られた宿は、良い風呂、そして1126mならではの最高の環境という、二つのイイフロで旅人を癒してくれました。
バスはエンジンブレーキを唸らせ、急カーブ急勾配を滑り降り始めます。あぁこれで須川高原温泉とはしばらくお別れだ。これほど悶々とした気持ちで宿を離れた経験はありません。
それは宿が不満だったからでは決してありません。今回の滞在が余りにも休養することに終始してしまったから。できればもっと、お湯を味わいたかった。できればもっと、山々を飽きるまで眺めていたかった。
でもそれが出来ない程参っていたのは事実。このタイミングでここへ来なかったなら。そう今思うと軽くゾッとします。おかげでだいぶ元気になりました。
8年前に立ち寄って以来、想い続けてきた須川高原温泉。存分に愉しむことは出来ませんでしたが、僕のピンチを救ってくれた、恩人とも言える宿となりました。
これは絶対リベンジだ。次は心身共に全くの健康な状態で来てやる!新たな目標を胸に、唸るバスに身を委ねるのでした。
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るるぶ
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