久々に泊まった仙台。帰りの新幹線のことを気にしなくて良いというのはこれほど嬉しいことだったとは。泊まらなければ味わえない楽しさというものがあります。
そして迎えた爽やかな朝。それにしても、仙台の街は本当にきれい。今回泊まったホテルは、2010年に初めて会社のみんなで仙台を訪れた際に泊まったホテル。目の前の大通りを包む深い緑に、直感的にここに住みたい!と思ったのが昨日のことのよう。
そんな僕と仙台の初対面から6年。再び同じ場所に立ってみると、その時の記憶は決して美化されたものでは無かったのだと確信。大きく育った街路樹を透かす朝日に、もう一度この街と初恋に落ちてしまいそう。何度訪れても、やっぱりここに住んでみたい。住めるかな。いや、住むことを目指そう。
時刻はまだ8時過ぎ。ホテルは素泊まりだったため、今日の朝ごはんはずっと、ずっと気になっていたここで食べることに。駅前のアーケードの交差点角にある、黄色い看板が目を引く『末廣ラーメン本舗』にお邪魔します。
東北へ旅行に来る度に目にする黄色い看板。帰京後HPを見てみると、秋田が本店だそう。更にこれも後から知ったのですが、こちらは京都の新福菜館から暖簾分けされたお店だそう。言われてみれば、暖簾に書いてある・・・。
6年前初めてここで見た看板に惹かれつつ、未だ食べることの叶わなかったラーメン。そんな未知との味といよいよご対面。
まずはスープをひと口。見た目ほど油は強くありませんが、動物濃い目。朝からガツン!ときます。東京で慣れ親しんだ動物と魚介、というものではなく、しっかり鶏豚、そして野菜を感じるガッツリだし。しょう油ベースのたれは甘辛く、これまで食べたことの無い味。
上に載っているお肉はチャーシューの薄切りでしょうが、どちらかというと甘辛く炒めたお肉、という雰囲気。麺は屋台発祥ということを感じさせる、食べ応えのある小麦っぽいストレート麺。それらが絡み、全体としてこれまで味わったことの無い独特な印象を与えます。これ、お昼だったら絶対ラーメンライスだ!まさにご飯のおかずとして食べたいラーメン。
それにしても、東京で食べた新福菜館のラーメンとは全く違う。京都出身の相方さん曰く、麻布十番の新福菜館は、京都と同じではないがまぁ近い、だそう。それからすると、こちらのラーメンは東北でまた違った進化を遂げたのでしょう。何となくワイルドで、癖になったらやめられなさそう。とっても印象に残る朝の一杯となりました。
店構えから、僕が勝手に古き良き中華そばをイメージした末廣ラーメン本舗。出て来たときこそ驚きでしたが、朝からインパクトのある美味しいラーメンを食べて大満足。あれはクセになったらやめられなさそう。記憶に残るラーメンです。
朝ラーでお腹を満たしたところで、いよいよこの旅の本格的なスタートを切ることに。仙台駅前のさくら野百貨店脇から、『東日本急行』平泉線に乗車します。
鉄道好きの僕としては、どうしても先ずは鉄路から旅程を組もうとしてしまうのが常。ですがこのバスは、4月から11月の期間限定運行ながら、仙台駅前から一ノ関駅、平泉駅を経由して中尊寺まで、乗り換えなしで連れて行ってくれるという非常に便利な路線。
特に中尊寺は平泉駅からも距離があるので、仙台に宿を置く観光客にはとてもありがたいバスです。そして1,700円という、JRよりも安い運賃も嬉しいところ。
9時に仙台を出発して1時間40分。11時前には中尊寺の参道である月見坂に到着。これから3時間と少し、ここ平泉でのんびりと過ごすことにします。
ここ中尊寺を訪れるのは2度目。前回の訪問は2012年で、世界遺産に登録されてからまだそれほど時が経っておらず、ものすごい混雑であったことを思い出します。今日も相変わらず混んではいますが、日曜日とはいえ午前中、前回よりは静かな環境の中のんびり参道を歩けます。
出だしから結構な勢いのある月見坂。息を切らさぬよう、まわりの木々の鮮やかさを見やりながら進むと、まるでスポットライトを浴びたように一本だけ若い緑を光らせる木が。東京ではもうすぐ梅雨時といえども、まだまだこちらでは新緑の季節であることを思わせます。
その光源は、と思い見上げれば、眩いほどの光を放つ太陽と、それに透かされ輝く木の葉の群れ。木々の高さは参道の歴史を体現するかのように高く、首が痛くなるほど。
神々しいまでの初夏の太陽に照らされ、歩む足取りも軽やかに。そして途中の展望台で小休止。僕が再び中尊寺へ来て見たかったもの。それがこの眺め。
古に築かれた奥州の極楽浄土が詰まったかのようなこの眺め。東北の山間に包まれた、穏やかさや平和を体現したかのような山村の風景に、4年振りに再び息を呑みます。
前回訪れたのは、東北の遅い春がやってくる4月。桜咲く景色も印象的でしたが、この眩いほど輝き乱れる新緑もまた、格別。ここがお寺や世界遺産、歴史ある場所、そのようなことは置いといて、この豊かな緑、豊かな光を見るだけでも、掛け値なしの美しさに彩られています。
存分に奥州の光あふれる空気を吸い込み、参道を登りきったところで本堂に到着。少しだけ乱れた息を整え、石段を上りお参りすることに。
立派な枝ぶりの松と、広がる大屋根が荘厳さを漂わせる本堂。4年振りに再訪が叶った御礼をします。
続いて、一度目にしたら決して忘れることのできない金色堂へ。今日の金色堂を包む森は、その輝きに負けない程、鮮やかな太陽に照らされています。
今回2度目となる金色堂。前回は目を奪う程の煌びやかさの中に潜む緻密な細工の美しさや、教科書やテレビで見た以上の存在感、荘厳さに、ただただ見とれることしかできませんでした。
そして今回もその鮮やかさに圧倒されることしばし。ふと、なぜ900年近くも前にこれほどのものが建てられ、そして長い時を隔てた現代人にも、なぜこうも訴えかける何かがあるのだろう、という率直な疑問が。
僕はこれまで、そして今でも仏教というものがいまいち、いや、全く分からないのです。ですがこのとき、昔も今も、形は違えど人は何かしらの生きるか死ぬかの苦悩を持って生かされているのではないか、とふと感じました。
これまで旅先でお寺にお参りしてきましたが、こんなことを思ったのはこれが初めて。でもきっとそうに違いない。昔は戦や飢饉といった直接的な命の危機、そして今は複雑な社会で生きていかなければならないという、直接的・間接的な命の危機。きっと昔も今も、人々の根底に横たわるものは変わらないのでしょう。
金色堂を目の当たりにして感じた、初めての感覚。僕はこれまで幸いなことに、自分が食べていくことに関して、全くと言っては語弊がありますが、大きな疑問も無く過ごしてきました。
そして今、色々とあったタイミングで訪れることができた平泉、金色堂。ここで初めて、今を生きる自分も食べてゆくことは戦いのひとつなんだ、と気付かされました。
美しい山並みと緑に守られるように広がる平泉の町。戦を鎮め極楽浄土を作ろうと夢見られたこの地には、戦いや自然災害、飢饉など、極楽浄土を夢見なければならない厳しさがたくさんあったことでしょう。
それは今も何も変わらないこと。身を削り、時には命を削りながら生きる現代人にとっても、この美しい眺めに詰まった歴史や想いが、何かを語りかけてくるように感じられるのでした。
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