静かな山里で迎える、この旅最後の朝。窓を開ければ、朝靄にしっとりと煙る小国川。9日間続けてきた夏旅も、今日が最後か。満足感と同居する若干の寂しさを抱きつつ、緑に包まれる大岩風呂で静かな朝湯を噛みしめます。
唯一無二の世界観に満たされる湯屋での朝風呂を味わい、心地よい空腹感に誘われ朝食会場へ。今朝も食卓には美味しそうな朝ごはんが並びます。
焼鯖やふきの煮物、きゅうりとしらたきの酢の物に手作りのお漬物。いい意味で飾り気はないが、温泉に泊ってよかったと心から感じさせる王道の和朝食。この旅最後の朝の儀式を、お腹と心が満たされるまでたっぷりと味わいます。
忘れえぬお湯と手作りの味で満たしてくれた、湯守の宿三之亟。やっぱり今回は連泊にして正解だった。次は錦か、はたまた白銀か。再訪の予感を抱きつつ、宿の送迎車に乗り込みます。
文明の利器はやはり速い。行きは大汗を掻きつつ辿った道も車ならあっという間の10分足らず、赤倉温泉駅へと到着。列車の時間まではまだ余裕が。ということで駅前の商店で冷たいあいつを仕入れ、蝉の声あふれる単線ホームで僕の最後の夏休みを味わうことに。
じりじり肌灼く夏のホームで味わう、午前のビールといういけない甘美。その余韻に浸っていると、遠くから警笛の音と共に近づく鉄路のリズム。程なくして愛着あるキハ110が、エンジン音轟かせゆっくり入線。
小学生のとき、小海線で初めて出逢ったキハ110。それ以来僕の旅に寄り添い続ける車両に揺られて眺める、夏山輝く流れる車窓。足元から伝わるディーゼルの響きに身を委ねれば、自然と耳の奥から流れ来るあの歌。夏の終わり~、夏の終わり~には・・・。去り行く景色に、思わず僕の夏休みを重ねてしまう。
日本の背骨を目指し、エンジン音高らかに走る列車。眼下に小さく流れる沢が頂きに近いことを感じさせ、流れる方向が辛うじてまだ日本海側だと教えてくれるよう。
分水嶺に建つ堺田駅を越えれば、もうそこは僕の住む太平洋側。川の目指す先も馴染みある方角で、ゆっくりと、しかし確実に東京へと向かっているという実感が湧き始めます。
夏の緑溢れる鳴子峡を過ぎれば、中山平、鳴子と続く温泉郷へ。鳴子温泉駅でしばしの停車を終え、列車は小牛田を目指し更に東へと進みます。鳴子御殿湯駅を出発すれば、鉄橋で跨ぐ見覚えある川。5年前と同じく、僕の夏を流すかのように江合川はさらさらと輝きます。
小気味よいリズムとエンジンの響きを奏でるキハ110。その唸りも小さくなれば、山越えが終わった証。辺りには青々とした田園が一面に広がり、2両編成のディーゼルカーは軽やかに穀倉地帯を駆け抜けます。
赤倉温泉から陸羽東線に揺られること約1時間半、小牛田駅に到着。陸羽東線に東北本線、石巻線が乗り入れ、幾多もの列車で賑わった鉄道の結節点。国鉄の面影残す立派な駅舎と広い構内に、かつての賑わいが感じられるよう。
本来ならば小牛田で昼食をとりたかったのですが、乗り換え時間が少ないため駅近くのAコープでお買いもの。すぐさま駅へと戻り、石巻線の普通列車へと乗り込みます。そうか、この路線もキハ110になったのか。僕はてっきり国鉄型に会えると思っていたので、ちょっとばかり拍子抜け。
アイドリングの音が静かに響く、冷房の効いた車内。構内に佇むDE10の姿を愛でつつ、みそ焼おにぎりと黒ラベルといった軽めの昼食を。
きゅっと握られたもちもちご飯は、ずっしりとした重量感。さすがは味噌の美味しい宮城、砂糖とみりんのちょっとした甘さの中にしっかりと感じるコクと旨味が素朴な贅沢を演出します。そして中には、小さな梅干し。焦げ目の香ばしさと共にいいアクセントとなり、なんだかじんわり心に染み入るような旨さ。
以前の僕なら、旅先でのお昼としては絶対にない選択肢。でも今はこれが心地良い。そう思えるのは、繰り返し何度も愛する東北を訪れてきたという実績と想い出があるから。
素朴なみそ焼おにぎりをかじっていると、列車は小気味よい衝動と共に石巻へと向け出発。小牛田の町を抜ければ、どこまでも広がる夏の田園を進むように。思い出すなぁ。9年前、いとこと辿ったこの旅路。そういえばあのとき、現代っ子のいとこは非冷房に驚愕していたっけ。もう消えてしまった国鉄の残り香を、思い出すだけで懐かしい。
あのときと何ひとつ変わらぬ姿で輝く田んぼに思いを巡らせ、あっという間の40分足らずで石巻駅に到着。ホームでは、地元の誇りである石ノ森章太郎が生み出したヒーローたちがお出迎え。
ここでさらに仙石線へと乗り継ぎ。ホームで待ち構えるのは、山手線を走っていた205系。池袋の高校へ通っていた僕にとって、通学路としてなくてはならなかった大切な足。
当時と変わらぬ雰囲気で、今なお元気に走り続ける通勤電車。しかし車窓に広がるのは、輝く夏空と煌めく凪。浮かぶ小島が見え隠れすれば、松島海岸はもうまもなく。
穏やかな松島の海を眺め、第二の人生を頑張る山手線。僕の想い出がぎゅっと詰まった205系に抱かれ、旅の終わりだけではない感傷が胸に広がるのでした。
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