飛行機が、たくさんいる。子供の頃から羽田空港を知る僕にとって、こんな当たり前のことが嬉しく感じる日が来るとは。前回訪れたときには、行き場を失い駐機していた飛行機がたくさん眠っていた。あれから2年、以前ほどではないにしろ、それぞれの翼には飛ぶべき目的地が戻ってきた。
2年前は恐ろしいほど閑散としていたターミナルも、レストランには列ができ、お土産屋さんにもたくさん品が並び。同じく交通を生業に持つ僕にとって、おととしの惨状はあまりにも恐ろしすぎた。運ぶ人すらいない乗り物。それはもう、行き交うという使命すら奪われてしまうという現実を目の当たりにした。
それぞれの目的地を抱き、活気を纏いつつ行き交う旅客。エプロンを離れ、滑走路を目指す銀翼たち。行くべき場所がある。人間のその欲求を満たしてきたからこそ、交通というものが発達してきた。その欲求が存在し続ける限り、列車は大地を駆け、バスは山河を越え、船は大海原を切り拓き、そして翼は大空へと翔けてゆく。
交通がその欲求を叶えてくれるからこそ、僕らはこうして旅立てる。日常を捨て去り、新たな夢を見させてくれる。だからこそ、僕は乗って出かけたい。物心ついたころから交通を愛する者として、そしてそれに携わり支える者として。
2年ぶりとなる高揚感を青い翼は乗せ、梅雨空のなか南国目指してひたすら翔けてゆく。分厚い雲の合間にときおり姿を見せる青空に、僕の心にしまったはずの青さが久々に熱を帯びてくる。
この便は、国際線仕様の787型機による運航。海外旅行を全くしない僕にとって、国際線は未知なる領域。同じエコノミーといっても、座席の掛け心地から足元の余裕まで国内線とは全く違う。そんな快適な空の旅を味わっていると、いつしか眼下の雲も薄くなりパステルの海原が見えてきます。
本島はまだ梅雨真っただ中。僕らの目指す目的地はそこから更に400㎞離れているとはいえ、天気はどうだろうか。そんな心配をしていましたが、どうやらこちらは晴れていそう。快適な空旅も終わりに近づき、気づけば眼下に本島の島影がのびています。
長い長い本島に寄り添い、ふらりふらりと高度を落とす飛行機。あぁ、近づいてゆく。2年ぶりの沖縄が、もう目の前にある。その事実だけでも、幸せを感じるにはもう充分。
早くも夢見心地の僕を乗せ、意を決したように一点を目指し降下する787。青い海との距離がどんどんと縮まり、それすら見えなくなったかと思った刹那、飛行機は轟音とともに那覇空港に着陸。何度味わっても、この瞬間は堪らない。
ボーディングブリッジへと出た瞬間、むわんっと全身を包む南国の空気。言葉では伝えることのできない質量と香りを伴うあの空気を浴び、ようやく沖縄へと戻ってくることができたのだと実感します。
そんな感慨に浸るのも束の間、すぐさま737型機に乗り換え僕らの目的地を目指します。直行便は便利だけれど、乗継便のこのワンクッション、意外と僕は好き。また那覇の街も歩きたいなぁ。そんなことを思いつつ、あっという間に本島に別れを告げます。
小さな737は器用に旋回し、眼下に広がる一面の大海原。午後の陽を受けた海は穏やかに煌めき、その美しく繊細な紋様は極上のちりめんを広げたよう。
刻一刻と、そして着実に近付きつつある地上の楽園。今日は明けで3時半起き。本当ならば眠くなってもおかしくないはずですが、眼前に広がる柔らかな青さを浴びればもうそれどころではなくなってしまう。
湿った空気が山にぶつかり、雲を生む。離島が点在するこの空路では、そのメカニズムが面白いほどに手に取るようによく解る。一際分厚い雲が現れ、そこへと向け降下を続ける小さな飛行機。その雲を生む島の黒い影が、突如雲間から姿を現します。
島の生み出す雲の下へと入り、ようやく全貌を現した平久保崎。本当に、本当に来ることができたんだ。2年ぶりとなる宝のようなあの島との再会に、大袈裟でもなんでもなく涙が溢れてきそうになる。
来たくても、来ることのできなかった地上の楽園。それが今、もう手の届くところにあるというこの幸せ。悦びが爆発するというよりも、切なさにも似たしみじみとした嬉しさがこみ上げる。
早く降りたい!一刻も早く、石垣の地に立ち空気を吸いたい!そんな僕の逸る気持ちを知ってか知らずか、737は器用に体勢を整え一点を捕えたかのように地上を目指します。
そしてついに訪れた、この瞬間。足元から伝わる振動や耳に届く轟音もどこか他人事のように、僕の心はふらふらと浮ついたまま。
ようやく、ようやくこの時を迎えることができた。もう僕は、八重山なしでは生きられぬ体になってしまった。喉から手が出るほど欲してきたこの空気感と、もうまもなく触れ合えるというこの上ない幸福。その瞬間を控え、ベルトサインが消えるのを今か今かと待ちわびるのでした。
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