1年ぶりとなる竹富の空気を胸いっぱいに吸い込みつつ、暑い暑いと汗を拭きながら歩くこと約30分。島唯一の海水浴場であるコンドイビーチに到着。木々の間からは、すでに姿を覗かせる鮮烈なあおの世界。
南国の太陽から降り注ぐ強烈な陽射しを跳ね返す、穢れのない真っ白な砂浜。その眩さの先に広がるのは、美しいあおのグラデーションに染めあげられる海。すべてがあまりにも強烈で、この上なく煌めいて。目に飛び込む有り余るほどの夏の質量に、思わず目を細めてしまう。
このあおさを一度知ってしまうと、もう後戻りすることなどできやしない。7年前、生まれて初めて全身に浴びたあおさの数々。その感動は、回を重ねるごとに薄れるどころか深まるばかり。
僕が八重山の青さを記すとき、「青」ではなく「あお」と書いてしまう。それは、この視界を染めるあおさを青一色で表すことができないから。青く、碧くもあり、蒼さもある。この無限のあおさを表すには、僕の語彙では到底足るはずもない。
今年もこうして、無事に八重山のあおさと再会できた。その悦びを一層輝かせるべく、オリオンビールでプシュッと乾杯。喉を下る冷たい刺激、それとともに胸へと広がる爽快な夏景色。あぁ、幸せ。今は、これ以上の言葉を見つけられない。
後ろに手をつき、仰ぐ夏空。視界を染めるのは、あおさに溢れる総天然色。真っ青な空、その色を映し違う色彩へと昇華させる碧い海。この鮮烈さを浴びるだけでも、ここまで来た甲斐があるというもの。
あまりの眩さに体も心も火照りだし、鎮めるために遠浅の海へ。体を洗う波の鼓動、海とは思えぬ心地よい温さ。いつまでもいつまでもこうして、時を忘れて揺蕩っていたい。
それにしても、今年は出だしから全開の夏。目に映るものすべてが煌めき、容赦ない日射が肌を刺し。そのどれもが心地よく、おじさんになってもこんな気持ちにさせてくれることがただただ嬉しい。
全力の夏に、もっともっと染まっていたい。でも僕らは知っている、初っ端から夏と戯れすぎると後悔することを。ビーチ初日にしては十分というほどのあおさを全身に取り込み、シャワーを浴びて身支度を整えます。
太陽や潮の干満により、日々違う表情を魅せるコンドイビーチ。次来るときにまたあおくても、今日と同じ色には出会えない。そう思い、もう一度だけ今日のあおさを眼に灼きつけます。
帰りは島の環状道路を北上し、西桟橋を右に折れて西集落へ。逃げ場のない陽射しの中、海水浴帰りの心地よい気怠さを感じつつ歩く道。夏、本当に夏だな・・・。旅の2日目にして、早くも全力の夏休みが僕の中に満ちてゆく。
竹富初日はお気に入りの竹乃子で八重山そばを食べるつもりでしたが、お店に向かってみるとしばらくお休みの貼り紙が。気分はすっかりおそばだったので、近くで見つけた『カフェテードゥンしだめー館』にお邪魔してみることに。
運よく食べ終えたお客さんが帰るタイミングだったため、お昼どきながらほぼ待ち時間なくテラス席へ。まずは冷たいオリオン生で再乾杯。ビールを飲みながら愛でる、赤瓦の家並み。いい時間というものは、こういうことを言うのだろう。
竹富島を包む夏模様に揺蕩っていると、お待ちかねの八重山そばが運ばれてきます。まずは色の薄い澄んだスープから。あぁ、やっぱり沁みる。豚の旨味の中に、鰹の風味が香ります。
続いては麺を。こちらの麺は平打ちで、八重山そばらしい食べ応えある食感。決して硬くはなくつるりとしているのですが、このワシワシとした食感をなかなか東京では味わえないのが残念で仕方がない。
穏やかながらしっかりと味わいのあるスープと、それによく絡む平打ちの麺。それらの主役に良いアクセントを与えてくれるのが、豚肉とねぎといったシンプルな具。途中でピィヤーシやコーレーグースを加えれば、より一段と華やぐ南国感。汗を掻きつつも、あっという間に汁まで残さず平らげてしまいます。
おいしい八重山そばにお腹も心も満たされ、港目指して再び歩き始めます。ごつごつとした表情を魅せる珊瑚の石垣、そこに勢いよく咲き乱れるブーゲンビリア。深い緑の奥には時を経て渋い色味に染まる赤瓦がちらりと覗き、この世界観は何度味わっても感動を禁じ得ない。
竹富の集落に満ちる濃密な空気感を味わいつつ、深い森の中を通る道を北上し環状道路へ。4年前にもご挨拶した白いお馬が、炎天下の中元気そうに草を食んでいます。
1年ぶりに再訪叶った、僕にとって特別な島、竹富島。今年は最初から、惜しみなく全力の夏景色で迎えてくれた。
このあおさに、今年はどれくらい染まれるのだろうか。始まったばかりの夏休みに早くも肌も心も灼かれ、眼を細めつつ眩い夏空と豊かな緑を全身に受け取るのでした。
コメント