喜多方からのんびり歩いて2時間半、喜多方市は熱塩地区に到着。宿に行く前に寄ってみたかった場所を訪ねることに。昭和59年に廃線になった喜多方と熱塩を結ぶ日中線の旧熱塩駅を利用した日中線記念館です。
県道沿いに立つ看板を曲がると、登り坂の先に洋館風の小さな駅舎が出迎えてくれます。
建物内へと入れば、立派な駅名標と木のラッチが、さながら現役であるかのような雰囲気を醸し出しています。
ホームへと出れば、今にも小さなSLが煙を上げながらやってきそうな雰囲気。旧日中線は本州で一番最後までSLが活躍していた路線だそうで、駅務室を利用した資料館にはたくさんのSLの写真が飾られていました。
永遠に来ることの無い汽車を待ち続ける駅名標。雨上がりの秋の山里の空気がその寂しさをより一層濃いものとしています。
構内には雪国ならではのラッセル車と、昔懐かしい旧型客車が展示されています。屋根もしっかりとかけられ、雨や雪から大切に守られています。
国鉄色であるぶどう色が艶めく旧型客車。この鈍い輝きにどれほど胸を躍らせたことでしょう。初めて旧型客車に乗ったときのことを今でも鮮明に思い出します。
早速車内へ入ってみると、鼻をくすぐる油の匂い。木の床独特の懐かしい匂いに包まれ、記憶は一気に幼少期へ。
僕が初めて旧客に乗ったのは小学1年のとき。当時SL復活運転が始まったばかりの秩父鉄道でのことでした。整然と並ぶ座席、美しく光るニス塗りの壁や天井、建具という言葉がピッタリの見たことも無い鎧戸。
SLに牽かれてガクンと動き出せば、重たそうな車体をのんびり揺らして走り、車輪はいつもと違うリズムを刻む。窓から入ってくる風が、煤とニスの香りを連れて体全体を包んでゆく。
当時の僕にとってはあまりにも強烈で、SLより旧客の印象ばかり残っています。電車とは比べ物にならない重厚な乗り心地、それでいて客車独特の静けさに包まれたあの空間。こうやって思い出しながら書いている今でも鳥肌が立つくらい、心と体に焼き付いて離れません。
僕が乗ったのはイベント列車で、現役時代を知るわけではありません。それでもこの旧客に乗れたこと自体良い思い出であり幸せなこと。今となっては、旧型に限らず客車自体が風前の灯。近い将来、「客車」という存在自体が過去のものになってしまうことでしょう。
思いっきりバネの効いた座席に腰掛ければ、今にも列車が動き出しそうな錯覚に襲われます。僕が乗ったのはこの形式ではありませんが、旧客の持つ雰囲気はまさにこれそのもの。そっと目を閉じ、想い出に刻まれたリズムに耳を澄ませます。
文字通りの網棚。それを支えるアームにはさりげなく装飾が施されており、昔の人々の美的センスが伝わってきます。
木製のスピーカー。ただの箱ではなく、上下にきれいな丸みが付けられています。現役当時には、ここから「ハイケンスのセレナーデ」が流れていたことでしょう。あのメロディーを思い出すと、思わず胸がキュンとなってしまいます。
今はもう撤去された灰皿跡に残るJNRのマーク。薄く錆を浮かせた渋い姿が、ニス塗りの壁によく似合います。
渋い車内の雰囲気をより一層強くする鎧戸。僕の中ではこれが一番旧客を思い出させるパーツかもしれません。
外側こそ鋼製の旧客ですが、中は温かみのある木材がほとんどを占めています。それぞれのパーツは、工芸品とも言えそうな機能美を持ち、それらの集合体である旧客全体が柔らかく温かい雰囲気で包まれています。
今の車両のような快適性は無いでしょうが、それを補って余りある風情がある。今の無機質な車両には決して醸し出せない手作りの良さがある。車両も建築も、昔の人々のセンスや仕事を目の当たりにする度に、溜息が漏れてしまいます。
旧客の車窓から眺める、秋の山里の風景。例えそれが動かなくとも、充分すぎるほどの旅情と感傷がここにはありました。
現役時代を彷彿とさせるかのような、手入れの行き届いたきれいな保存車両。そのボックス席には、今でも見えない乗客が座っていそうな雰囲気。それは旅人なのでしょうか。それとも、この路線を愛した地元の方なのでしょうか。
濃厚すぎる客車の空気感を思い切り満喫し、再び外へ。第二の人生を静かに送る旧客を彩るかのように、美しいコスモスが咲いていました。二度目の引退とならないよう、いつまでも人々に大事に愛され続けて欲しい、ただただそう思うのでした。
線路側から眺める駅舎の全景。喜多方寄りである奥のほうまで細長い空白が続いており、見えない線路が今でも繋がっているかのよう。廃線跡、そこには表すことの出来ない言いようの無い寂しさが漂います。
現役当時の面影を色濃く残す駅務室内。乗車券を入れていたラックがひときわ目を引きます。
一体どれほどの人があの窓口で切符を買って旅立って行ったことでしょうか。そんな人々の想いがたくさん詰まっているからこそ、廃線後25年以上経った今でも現役当時の面影を強く残しているのでしょう。
日中線最期の瞬間をそのまま缶詰にしたかのような旧熱塩駅、日中線記念館。木々に守られるようにして佇むその姿を目に焼きつけ、その場を去りました。
向かうは歴史ある名湯、熱塩温泉。個性溢れる温泉との出会いに期待を膨らませ、残りの道のりを一気に歩くのでした。
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