秘湯で迎える静かな朝。あいにく今日は、雨予報。窓から外を見てみれば、すでにその気配が漂うかのよう。雨の降る前のしっとりとした空気に包まれた露天へと向かい、この旅最後の朝風呂を噛みしめます。
ぬるめの疝気の湯で心静かな湯浴みを楽しみ、お待ちかねの朝食の時間に。たらこや切り干し、ひじきに焼鮭。王道のおかずをお供に味わう白いご飯は、時間に追われることのない旅先ならではの贅沢。
美味しい朝ごはんをたっぷり味わい、満腹を落ち着けたところで最後の一浴を。一番お気に入りの真湯へと向かい、広々とした湯舟で夏油の湯の感触とせせらぎの声に抱かれます。
思い返せば7年前、ここが僕の連泊の出発点だった。その旅で味わった甘美な経験が、今の僕の旅を運命づけた。そんな僕にとって特別な宿とも、お別れのとき。7年経っても今なお変わらぬ良さを持つ元湯夏油に別れを告げ、送迎バスへと乗り込みます。
バスは50分掛けて人里へと下り、北上駅に到着。山のいで湯での余韻を残しつついつもの701系に乗り込み、この旅最後の目的地である平泉を目指します。
普通列車に揺られること30分、平泉に到着。3年前に訪れたときの記憶が、つい昨日のことのように鮮明に思い出されます。
天気が良ければ駅から歩いて巡るつもりでしたが、空はあいにくの雨模様。急遽予定を変更し、駅前から『岩手県交通』の運行する平泉町巡回バスるんるんに乗車します。
バスに揺られること10分、中尊寺バス停に到着。雨に濡れる月見坂は、その入口からすでに幻想的な雰囲気を漂わせるかのよう。
傘をたたく雨音と、人々が踏みしめる玉砂利の音。見上げるほどの杉の巨木に守られる参道は、雨に艶めき一層荘厳さを増しています。
月見坂の急坂を登り、展望の開ける東物見台へ。ここから雄大な平泉の町並みが見えるのですが、この雨に煙る姿もまた幻想的。
しっとりとした風情に包まれる月見坂を経て、少々息も切れたところで本堂に到着。3年ぶりにまた訪れることのできたお礼を伝えます。
多くの人々で賑わう本堂へのお参りを終えると、そばには艶やかな姿を見せる菊の花たち。出品者が一輪一輪手塩に掛けて咲かせた大輪の花が、参拝者に秋の風情を伝えます。
参道を覆うように枝を広げる、立派な紅葉。いくつかの葉たちは色づき始め、今年最後の鮮やかさに向けて準備を始めているかのよう。
雨のもつしっとりとした風情を味わいつつ歩き、金色堂に到着。木肌は金箔に彩られ、美しく輝く繊細な螺鈿細工。その荘厳な姿にただただ圧倒され、時も忘れて対峙するのみ。
古の人が具現化した極楽浄土は、筆舌に尽くしがたい美しさ。ただ煌びやかなだけではないそこに込められた願いが、見る者の言葉すら奪ってしまう。
3年前、僕が受け取ったメッセージ。そして今、紆余曲折を経つつも一番心穏やかに金色堂を見ていられるという幸せ。楽しいことも、辛いことも全て自分の経験。それらが決して無駄にはなっていないということを確かめられただけでも、再訪した甲斐があった。
3年ぶりの金色堂は、掛け値なしに美しかった。そう思える今を大切にしていこう。人々の描いた極楽浄土の概念に触れ、自分の今を見つめる大切な時間を過ごすのでした。
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