自室にて、ウィスキー片手に眺める暮れ始めの北海道の景色。今まで乗車した北斗星よりもずっと、ディナータイムまでの時間がゆっくり過ぎてゆくように思えます。
移り変わる車窓を飽きることなく眺めていると、食堂車より第1回目のディナータイム営業開始の放送が。さっと身支度を済ませ、食堂車へと向かいます。
廊下へ出ると、木目の壁とレースのカーテンが、重厚で落ち着いた雰囲気を演出していることに気が付きました。今まで、JR北海道車を好んで選び乗ってきたため、JR東日本車のこのテイストは初めて。
JR北海道の明るい雰囲気も好きですが、この落ち着いた佇まいもまた良いもの。これから日が落ちてゆくにつれ、豪華寝台列車の威厳というものを増してゆくことでしょう。
車両数両分を移動し、食堂車へとやってきました。前述したとおり、これまで北海道車側にばかり乗っていたため、食堂車へはロビー室側から入るのが当たり前でした。
客室部よりも深い色をした木目の壁と紫系の絨毯が印象的な、食堂車へのアプローチ。グランシャリオのまた新しい一面を垣間見た気がします。
ディナータイムでまだこの明るさ。磨かれた食器やランプが、弱まりつつある陽に照らされ美しく輝きます。
弱く光る白熱灯のランプと、列車に合わせ小刻みに揺れるナイフとフォークたち。これから始まる、列車での晩餐という非日常に、弥が上にも気持ちが高ぶります。
人家の灯りも疎らな、漆黒の闇の中浮かぶ食堂車も素敵ですが、このパステル系のインテリアにはこれくらいの明るさが似合う。赤いランプのグランシャリオに、僕の中で初めてこの東日本車が肩を並べた瞬間です。
流れる車窓を楽しみながらディナーを味わう、初めての体験。そのお供にと、赤ワインのハーフボトルを注文。
カリフォルニアワインのラウンドヒルに、北斗星のオリジナルラベルを纏わせた特別なひと品。思ったよりもしっかりとした飲み口とともに、ラベル上部に綴られたGRAND CHARIOTの文字が、より一層この空間と時間を味わい深いものとします。
列車に揺られながらワイン片手に待つ料理。列車はゴトンと客車特有の衝動と共に、苫小牧を定刻に出発。いよいよ、列車内で味わう極上の時間が始まります。
まず運ばれてきたのはオードブル、帆立貝柱とサーモンのマリネ紅白仕立て。北海道ならではの新鮮なほたてと、程よくスモークされたサーモンが紅白に美しく盛り付けられています。
周りを彩るのは、いくらと香草がアクセントとなったオイル系のドレッシング。爽やかな辛みと甘さのたまねぎと共に口へと運べば、シンプルな美味しさに食欲が刺激され、これからのお皿への期待が膨らみます。
美味しい北海の幸に舌鼓を打ちつつ外へと目をやれば、窓いっぱいに広がる青い噴火湾。暗い海を眺めつつの食事も旅情をこの上なく掻き立てますが、青い海を眺めながら食べるほたてはまた格別の味。
四季折々、千変万化のこの車窓で、グランシャリオは旅人たちを魅了するのでしょう。今まで知っていたつもりの食堂車の魅力に、また新しい1ページが刻まれます。
続いては魚料理、牡丹海老と白身魚のワイン蒸し 赤ワイン風味のクリームソース。
大ぶりな牡丹海老はちょうどよく蒸され、ブリブリとした食感と凝縮された香り、旨味が美味。下のお魚もふんわりと蒸しあげられ、クリームソースとの相性もぴったり。
これまで赤ワイン風味のクリームソースを食べる機会がありませんでしたが、ワインのフルーティーさとちょっとした渋さがクリームソースとよく合います。散らされた赤胡椒を時折挟めば良いアクセントとなり、ワインが進むこと間違いなし。
前回、前々回と同じメニューでしたが、今回はリニューアルされた新しいメニュー。初めての味にわくわくしつつ、ワインと共に楽しむ晩餐。
その向こうには、柔らかい緑に溢れた牧草地に佇む、数頭の馬たち。北海道の大地を駆ける北斗星、そしてグランシャリオでしか味わえない、特別な贅沢。
優雅な時間と雄大な車窓に酔いしれるひととき。続いて運ばれてきたのは肉料理、牛フィレ肉のソテー 大地の野菜添え マスタードソース。
柔らかくレアに仕上げられた牛フィレ肉の周りには、夜空を思わせる野菜たち。前回のメニューもメインは牛フィレでしたが、今回のソースは粒マスタードが効いた、また違った印象に。
列車内ということを忘れさせるほど、丁度よく火を入れられた柔らかいフィレを頬張り、赤ワインをひと口。
日本国内で残りわずかとなってしまった食堂車で楽しむ極上の時間。この瞬間がいつまでも続いて欲しいと、ゆっくり、ゆっくり、ひと口ずつ愉しみます。
そんな時間もあっという間に過ぎ、最後のデザートまで来てしまいました。アイスクリーム、フルーツと、北海道型のホワイトチョコが目を引くムース。
それぞれの優しい甘さを感じつつ、余韻に浸る食後のひととき。立ち去り難い想いをコーヒーの苦みで断ち切り、ごちそうさまと席を立つのでした。
食堂。貫通扉に書かれたその文字の向こう側にある、非日常。この文字は、車上の人々の想いをどれほど乗せてきたことでしょうか。
残念ながら、物心ついた頃には新幹線と寝台列車くらいにしか食堂車はありませんでした。利用したのも新幹線で一度きり。その時食べたメニューも曖昧で、確かカレーだったような、という程度。
それでも、小学校に上がるずっと前の僕の記憶に残り続ける、食堂車の特別な雰囲気と、溢れる活気。
今現在、日本に残る食堂車は北海道への寝台列車のみ。どれも全盛期の食堂車とは、メニューも、雰囲気も、性格も異なるものとなっています。それでも頑張って生き続ける、残り僅かな食堂車たち。
食堂車で過ごす人の顔は、一様に笑顔で溢れている。日本の鉄道史に燦然と輝き続けた食堂車の使命は、この場所で絶えることなく引き継がれています。
みんなの憧れを乗せ、思い出を持ち帰らせる。食堂車に掛けられた不思議な魔法を体験できる僕たちは、幸せな世代かもしれません。
食堂、その特別な存在で味わった、特別な時間。たとえ食堂車が消えようとも、この感動は決して僕の胸から消えることはないでしょう。ありがとう、グランシャリオ。今宵もまた、良い夢を見させてもらいました。
コメント