まもなく三十路を迎えようという6月上旬、節目の旅の行先として選んだのは岩手県内陸部。
今年は30になるというだけでなく、社会人になってからの本格的な一人旅に目覚めて10周年という節目でもあります。
今から10年前、ハタチになり成人を迎える記念として、初めて自分ひとりで企画し実行した石川への旅。今の旅のスタイルとは若干違いましたが、その体験は間違いなく自分の旅という趣味を確立した瞬間であり、今でもその記憶は鮮明に残っています。
そして、この節目の一人旅の行先は原点に戻って石川県へ、と去年辺りからうっすらと構想していました。が、そこで突如起きたあの大震災。
今まで何度か訪れ、様々な表情で僕を魅了してきた東北地方の変わり様を、テレビを通して目の当たりにした僕は、東北へ行かなければ気が済まない、居ても立ってもいられないという気持ちが日に日に増していきました。
そして決意した東北行き。復興のため、現地の経済活性化のため、そんな大仰な理由ではありませんでした。とにかく、何故だか解りませんが僕は東北に呼ばれたのです。この節目の旅の舞台は東北以外にあり得ない、そんな思考が僕を支配したのでした。
技術や体力もない非力な僕は、沿岸の被災地にボランティアに行ったとしても足手まといになるでしょうし、まず自分の精神力では惨状を目の当たりにして己を保てる自信がありません。そんな僕にでも唯一出来ることが、この東北旅行だったのかもしれません。
そんな非力なひとりの男の節目の旅路、どうぞお付き合いいただければ幸いです。
今回東北入りの手段として選んだのは、『JRバス東北』が運行する仙台・新宿号。今なら期間限定で仙台まで3000円で行けるという、何とも嬉しい価格設定。
それも片道3便あるうちの1便は、3列独立シート車で運転されるので、安い上に快適に移動できるというありがたさ。これなら、仙台まで5時間半の道のりも苦になりません。
仙台・新宿3号は、10:50分、定刻に新宿を発車。新宿、池袋と繁華街を抜け、王子から高速道路へ入ります。途中羽生、那須高原と休憩を挟み、東北道を北へと進みます。
だだっ広い関東平野も終わりに近付き、行く手には那須の山々が見え始めてきました。それを越えればいよいよ東北地方。久々の東北入りに、はやる気持ちを抑えることができません。
バスは東北道をひた走り、福島県に突入。車窓には黒い山々と植えたばかりの田んぼが広がり、見慣れた東北地方の景色が広がります。
それでも震災の影を感じることが。福島県に入ってからは東北道の路面状況が一気に悪化し、随所で徐行を余儀なくされます。バスも今までに無いほど上下に振られ、被害の大きさを思い知らされます。
高速道路の徐行箇所が途中いくつもありましたが、16:45、定刻より15分程度の遅れで仙台駅に到着。
去年の今の時期に会社の仲間と、そして夏休みにいとこと眺めた仙台駅とまったく変わらない姿で、僕を迎えました。ですが、街で目にするビルの外壁を覆うネットや、民家の屋根のブルーシート。時たま見かけるその姿に、胸を痛めずにはいられません。
ただ、驚いたのは街を歩く仙台の人々の表情の明るさ。まだ震災から3ヶ月も経っていないのに、街を歩く人々の雰囲気は去年のそれとあまり変わりありません。少なくとも、旅行者である僕にはそう感じられました。
地元の人々がそうであるのに、ただ立ち寄っただけの僕が元気を無くしてしまうのは言語道断。賑やかな人の流れに乗り、仙台の街を歩きます。
ホテルにチェックインし、荷物を降ろして再び駅前の賑やかなエリアへ。仙台での夕食にと選んだのは『うまい鮨勘名掛丁支店』。
ここは以前会社の仲間と秘湯に訪れた際に入ったことのあるお店で、各地の美味しい魚介を頂くことができます。仙台市内に支店がいくつかあるので、都合のいい場所を選べるのもいいところ。
数あるネタの中から厳選し、吉次やそい、かわはぎなど新鮮なにぎりを心ゆくまで堪能します。特に印象に残ったのが葡萄海老と石巻金華鯖。
葡萄海老はその名の通り紫がかった海老で、大ぶりのプリプリな身には、濃厚な旨味と香り、甘味がこれでもかというほど詰まっています。それでいて嫌な海老臭さは無いので、もういくらでも食べられそう。
石巻金華鯖は、鯖にしては珍しく生で食べられるというなんとも贅沢なもの。そのままの他、梅肉載せ、炙りと3種類1貫ずつを楽しむことができます。
鯖の青臭さや脂っぽさが全く無く、ビックリするほど上品な味。適度に引き締まり歯ごたえのある身には、寒ブリ並の脂が載り、それなのに嫌味が無いのは驚き。
こんな鯖、食べたことがありません。有名な関鯖に負けずとも劣らない、全く別の旨さ。あまりの美味しさにお替りしてしまいました。
そんな旨い鮨にはやっぱり地酒。宮城県内の地酒が揃えられており、好みに合わせて選ぶことができます。
と、いつもなら食い気より飲み気としこたま日本酒を飲む僕ですが、お寿司の美味しさに珍しく食い気が勝ち、お酒は2杯で終了。もうお腹一杯、大満足な夕餉となりました。
本当はお寿司の写真をUPしたいところですが、写真を撮る気にはなれず、1枚も撮っていません。また、前回訪れたときには壁一面に踊っていた「三陸産」や「○○港直送」の文字も見当たりませんでした。
それでも見つけた「石巻金華鯖」。この文字に一筋の光を見たような気がしました。1日も早く、以前のような三陸に戻って欲しい。切にそう願います。
意外にもバスが順調に着いたため、夕食を終えてもまだこの明るさ。仙台の夜はこれから、とも思いましたが、お店をはしごすることはせず部屋でのんびり過ごすことに。駅のお土産やさんや駅前のさくら野百貨店のデパ地下をぶらぶら覗いて歩きます。
さくら野の地下でお酒とおつまみを仕入れ、ホテルへ戻ります。今夜のお供は、有名な宮城のお酒、一ノ蔵。その一ノ蔵でも初めて見た、純米酒掌(たなごころ)というもの。
このお酒は宮城県を代表する銘柄米であるササニシキ、それも特別栽培のものを100%使用しているとのこと。食用米で作ったお酒は印象の薄いものが多かったため、珍しいというインパクトだけで買ってみました。
ベッドに腰掛け、おつまみを並べて瓶の蓋をクイッと開けます。思いがけず広がるいい香りに驚きつつ一口含むと、これまた思いがけない複雑な味わい。
フルーティーさを感じる中にも、辛味と酸味がピンと一本筋を通しているような僕好みの風味。そして感じるほのかな何とも言えない香ばしさ。一ノ蔵は何度も飲んでいますが、こんな味わいのお酒は初めて。同じ蔵でも個性色々。これだから日本酒は楽しいのです。
こんな印象深い宮城のお酒に合わせるのは、仙台名物の笹かま。宮城の黄金コンビと言って間違いないでしょう。数ある笹かまメーカーの中から、今回選んでみたのは鐘崎という会社。幟に書いていた「ぷっくらなら鐘崎」(だったはず?)という文句に誘われて購入。
今まで笹かまというと、どちらかといえばしっかり目の練り製品で、ちくわに近いような印象を持っていました。ですがこの大ぶりな笹かまは、コピー通り本当にぷっくら。こんな食感の笹かまは初めてだったので、思わず嬉しくなってしまいました。
ぷっくら軽めな食感とは裏腹に、笹かまの持つ魚の旨味はしっかりと詰まっており、今までに無い体験。どうやらその秘密は、通常つなぎとして使うでんぷんを使用しない点にありそう。慣れ親しんだ笹かまらしい笹かまも好きですが、大判ふっくらのこんな笹かまも大好き。お酒が進まないわけがありません。
と、ここまではいつもの飲んだくれ旅行記と同じ流れ。今回自分の節目を迎える旅として、ひとつ決まりごとを作ってみました。それはテレビを見ない、携帯でインターネットも見ない、というもの。
もちろん、ストイックに絶対ダメ、ということもありませんが、朝のニュースで必要な情報を仕入れる程度にしよう、という自分で決めたルールです。
一人旅が好きで、秘湯も好き。そんな旅を続けてきた僕ですが、実はテレビも好き。特に一人旅では話す相手も無く、それでいて好き放題ダラダラできるので夜はテレビを見て合間に温泉、というスタイルでした。
でも旅立ちの直前、それでは場所を変えても日常の延長線上なのでは?と気が付いてしまいました。いや、気が付くのが遅すぎたのかもしれません。そこで今回は、思い切って夜のテレビをやめ、お湯と静寂、お酒と本をとことん楽しもうと決めて出かけてきました。
ということで、初日の夜から早速実行に移します。するとお酒を飲むペースがいつもより落ち着き、今まで以上に味に敏感になります。静かな環境の中読む本も内容が入りやすく、そしてなによりも、夜の長さに驚きます。
今まであっという間に更けてしまっていた旅の夜も、こうすれば倍楽しめる。これはいいことに気が付きました。あぁ、今までなんともったいないことをしてきたのだろう。そう後悔する反面、今のうちに気が付けて良かった!そうとも思いました。
いつもの半分の速度でゆっくり過ぎゆく夜。初日から新しい旅の楽しみを見つけ、早くも今までとは違う手応えをうっすらと感じつつ、仙台の夜を楽しむのでした。いよいよ明日から、秘湯三昧の日々を迎えます。
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