北上駅からバスに揺られること1時間、恋焦がれていた夏油温泉に到着。まだ時刻は9:20過ぎ。立ち寄り入浴は10時からなので、それまで付近を散策することとします。
訪れたこの時期、東北は丁度新緑の季節なのでしょうか、萌える若い緑が本当に眩しい。この景色だけでも、ここへ来て良かったと思えるほど。
人ひとり通れるか、という細い山道を辿ると、下のほうから絶えずせせらぎの音を響かせていた夏油川が姿を現します。細い道と深い木々にちょっと心細かっただけに、現れた大きな川の存在がとても印象深いものとなります。
ふと横を見ると、こんなに温かいのにまだ残雪が。さすがは夏油、冬季休業を余儀なくされるというその豪雪ぶりを垣間見た気がします。
歩くこと20分、目の前に大きな岩が現れました。特別天然記念物の天狗岩です。この天狗岩は、湧き出た温泉の成分が沈着してできた石灰華といわれるもので、国内の石灰華では最大とのこと。今でも成長しているそうで、これから入る夏油温泉の成分の濃さに期待が膨らみます。
片道20分のちょっとした冒険を楽しみ、戻ってきたところで丁度よい時間に。今回お世話になる、『元湯夏油』に早速向かいます。
チェックインは15時なので、それまでの間荷物を預かっていただき、立ち寄り入浴の料金を支払って朝から夏油の湯めぐりを楽しむことにします。
通常は露天風呂のみの入浴は500円、大広間での休憩と内湯の入浴込みで1000円だそうですが、今回はオープン記念価格の延長とのことで、500円で休憩と内湯も楽しむことができました。
料金を支払い建物の外へ出ると、まるで小さな街を形成するかの様に宿泊施設が並んでいます。4つの旅館棟に4つの自炊部。そして元湯夏油とは別の経営の昭和館が道を挟んで所狭しと並び、まるでそれ自体が温泉街かのような雰囲気。
この独特な雰囲気は、数々の雑誌やブログでも取り上げられていますが、実際に感じる空気感はやはり想像以上のもの。この何とも言えない風情は、実際に訪れた者だけが感じることができる特別なもの。
まずは先程の写真の手前部分を左折して河原に下り、真湯と女(目)の湯を楽しみます。夏油温泉には4つの混浴露天がありますが、それぞれ日中と夕方に女性専用時間帯があるので、それを上手く考慮して入浴していくのがいいでしょう。
まずは脱衣所のある真湯。川沿いに大きな湯船がドンと広がり、山側の岩のすき間から源泉が流れ込んでいます。温度はやや熱めですが、お湯に浸かり静かにしていればすぐに慣れてしまいます。
無色ですがほんの少しにごりのあるお湯からは、ほんのりと硫黄のいい香りを感じることができます。肌の当たりもとても穏やかで、それでいて成分が濃いのでしょう、すぐに汗がじわっと滲む良く温まるお湯です。
続いてタオルを巻いて河原へ下り、細い橋を渡って対岸の女の湯へ。この橋、訪れた日の前の週に架けたばかりのようで、それまでは入浴できなかったそう。
詳しいことは分かりませんが、もしかしたらオープン直後の雪解けシーズンは川が増水し危険なので橋を架けられないのかもしれません。とにかく、いい時期に訪れました。
こちらは真湯よりも小ぢんまりと落ち着いた雰囲気で、岩場の中に湯船がある感じ。湯船の底や岩肌からお湯が絶えずプクプクと湧き、新鮮そのものの状態で楽しむことができます。温度も適温なので、出たり入ったりを繰り返しながら長い時間楽しむことができました。
憧れ続けてきた夏油の湯との対面を果たし、1時間ほど幸せな湯浴みを楽しみました。それだけお湯に浸かれば、やはり喉が渇くというもの。自販機で黒ラベルを買い、縁台に腰掛けてプシュッとやります。
このときはまだ東北は梅雨入りしていなかったので、東京の6月とは比べ物にならないほどの晴れ渡った空と乾いた空気。そんな爽やかな天気と独特な夏油の建物に囲まれて飲むビールは、これまた格別。
喉の渇きと一緒に、都会で乾ききった心まで潤してくれるよう。こんなひとコマが、僕にとって秘湯という非現実の世界へ来たと強く実感させてくれるひとコマなのです。あぁ、本当に幸せ。これがあるから頑張れる。
冷たいビールと、燦々と降り注ぐ太陽。木造の軒先には若々しい緑が風に揺られています。なんだか、ちょっと早めの夏休みのよう。この日の東北地方は例年よりも気温が高かったことも手伝い、火照った体にビールがより一層美味しく感じられます。
この世界感を噛みしめるようにのんびりとビールを味わった後は、付近をぐるっと散策してみることに。突き当たりの自炊棟、薬師館の隣には薬師神社の赤い鳥居が建っていました。
薬師神社のお社の横には、とてもカメラには収めきれないような杉が。見印の杉という、樹齢約850年という立派な杉です。夏油温泉の発見も850年以上前と言われているので、夏油温泉と共に歴史を生き抜いてきたのでしょう。
照りつける太陽と涼しげな木陰のコントラストを充分に満喫し、再び露天風呂へ。突き当たりを左に降りると大湯があり、振り返ると湯船が丸見えの疝気の湯があります。ここまでの坂の途中には、女性専用の内湯である滝の湯もあります。
まずは大湯に入ってみることに。ところが熱いの何の、足を浸けただけでビリビリしてしまい、入浴は断念しました。大湯が一番大きい露天風呂で、言わば夏油温泉の顔とも思っていたお風呂なのでちょっと残念。
気を取り直してUターンし、小ぢんまりとした疝気の湯に入浴。こちらも女の湯と同様、湯船の底や岩肌からお湯が湧きだしており、出てきたそのままが掛け流されています。
疝気の湯はとてもぬるく、煌めく川面を眺めながらいつまでも湯浴みを楽しむことができます。ただ、本当にぬるいので、春や秋など肌寒い時期には、一度入ってしまったら出るのに勇気が要るかも知れません。
このように、夏油の露天風呂は全て源泉のところに造られており、自噴した温泉に全く手を加えず、そのままの状態で湧いたそばから使われているのが特徴。
ですから、それぞれ温度もサイズも浴感も違うので、きっと自分にピッタリの好みの湯船が見つかることでしょう。本当の意味での湯巡り、楽しすぎます。
自然そのものの純粋な温泉もさることながら、そのお湯をより一層気持ちの良いものにしてくれるのが、このロケーション。
澄み切った中にも淡いエメラルドグリーンを見せる夏油川の水音や、鳥や蛙たちの声、太陽に透かされる若葉の黄緑に包まれながら入る露天は、まさに筆舌に尽くしがたい極上の空間。
クラクラするほどの夏油の魅力に、早くも虜になってしまった僕。お風呂を味わうことに夢中になっていましたが、実はお腹が減っていたことにふと気がつきました。
元湯夏油でもお昼を食べられるのですが、折角なのでもう一軒の旅館、昭和館が運営する「手こね亭」(閉店)にお邪魔することに。
お料理が出てくるまでの間、岩手の有名な地ビールである銀河高原ビールでクールダウン。柔らかな泡と、酵母やホップの香るコクのある地ビールらしい地ビール。
大手メーカーのビールももちろん美味しいのですが、何故こうも地ビールは違うのでしょうか。同じビールというジャンルでくくれないほどの違い。それぞれの美味しさがあるので、僕は気分に合わせて飲み分けています。
色々なメニューがある中で、今回頼んだのが手こねうどん。冷たいのと温かいのを選べます。手こねという名前だったので、太めのうどんを想像していましたが、こちらのうどんは稲庭うどんのような細身のうどん。
つるつると喉越しが良く、モッチリとした弾力があります。讃岐のような力強い太うどんも好きですが、こんな細うどんも大好き。つゆは意外と薄味で上に載ったきのこの風味を損なわず、つるつるとどんどん食べ進んでしまいました。
夜の部も色々とメニューがあるようなので、自炊部に泊まって日替わりで気分に合わせて食事する、なんて手抜き湯治も楽しめそう。
この後、元湯夏油の大広間へと戻り、そよぐ風に吹かれながらのんびりゴロゴロ過ごします。うたた寝をして気が向いたら露天風呂へ。真昼間から、秘湯でのかけがえの無い時間を、飽きることなく楽しむのでした。
コメント