涼風が通る大広間でうたた寝し、丁度目が覚めると3時過ぎ。旅館の方がお待たせしました、とお部屋に案内してくれました。
10時過ぎから大自然に抱かれた露天を楽しんできたため、少々湯疲れをしてしまいました。自宅には無い畳の感触を楽しみながら、火照った体をゴロゴロさせ再びまどろみます。何もしない、をする。秘湯でのこの上無い幸せです。
うたた寝と入浴を繰り返し、待ちに待った夕食の時間。昼間休憩していた大広間には、山の幸がずらっと並んでいました。
まずは皮ごと焼かれた姫竹。皮を剥いて中のみずみずしい部分を一口頬張れば、途端に芳醇な香りが広がります。普通の筍と違いあくも無く、小ぶりな身に風味と旨味がギュッと詰まっています。
行者ニンニクとじゃこのお浸しは、行者ニンニク独特の風味がクセになる一品。あっさりとした調理法なのに、何故かスタミナが付きそう。お酒にとてもよく合う印象深い小鉢です。
山菜と鶏つくねの鍋は、あっさりとポン酢で頂きます。山菜の持つちょっとしたぬめりとシャキッとした食感が心地良い。山の宿へ来たことを実感させてくれます。
こちらは焼き魚のふき味噌載せ。ふっくら焼かれた魚と、ほろ苦い風味豊かなふき味噌がとてもよく合います。
海の幸の焼き魚も、滋味溢れるふき味噌を載せれば、山のご馳走に一変します。添えられた山うども、独特な強い香りが美味。
風味豊かな山のご馳走がこれほど並べば、やはり日本酒を頼まない手はありません。盛岡の菊の司酒造、七福神特別純米酒をオーダー。
冷やされたお酒は火照った体に嬉しく、一瞬の清涼感の後、再び芯から燃えるような日本酒独特の温かさを連れてきます。あぁ、極楽。
続いて山菜とバイ貝の煮物。意外と薄味の味付けが、わらびや筍の風味を引き立てます。
こちらの筍は、先程の根曲がり竹とは違いしっかりした見た目。結構硬いのかな?と思いつつ噛んでみると、適度な心地良いシャッキリ感。同じ筍といっても、全くの別物。日本の食材の奥深さを感じます。
そして今回一番のお気に入り、山菜の天ぷら。こしあぶらにミズ、アスパラといったラインナップです。
こしあぶらはしっかり目の葉っぱがパリパリと美味。クセもなく、あぁ葉っぱの天ぷらだ!と純粋に美味しいと思える一品。
ミズは僕の好きな山菜のひとつで、独特のぬめりとさくっとした食感が印象的。そんなミズは天ぷらにしてもその特徴を失わず、高温で一気に火を通すためかより一層食感が良く美味しくなっています。
出来たてを持ってきてくれたてんぷらは、本当にサックサク。衣も薄めで、正直旅館で期待していた以上のもの。抹茶塩を付けてサクッと噛めば、山菜の持つ活き活きとした風味が口いっぱいに広がります。シンプルですが、この上なく贅沢な食べ方。
この他にも名前の分からないけれどシャキシャキと美味しい菜っ葉のお浸しやお刺身など、美味しいもののオンパレード。どれもお酒との相性はバッチリで、大満足の夕餉となりました。
山の恵みを存分に堪能し、一杯になったお腹を落ち着けます。敷いてあった布団でゴロゴロと過ごし、一息ついたところで再びお風呂へ。日の名残を感じさせる夕暮れに包まれた夏油の軒並みが、旅情と郷愁を強く感じさせます。
夕闇に溶けゆく谷底。空には弱く光る白い月が浮かんでいました。大地の恵みに肩まで浸かりながら、空と山の色が同化してゆく様を心行くまで眺めます。
「クラムボンはわらったよ。」「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」この旅のお供にと持ってきた宮沢賢治の本を読みながら、静かな秘湯の夜を過ごします。
小さい頃に買ってもらい読んだことのある宮沢賢治。本嫌いの小学生には言葉遣いからして取っ付きにくく、覚えていたのは注文の多い料理店と、ツェねずみの憎たらしさくらいでした。
それ以来読む機会も無く過ごしてきましたが、旅立ちの前にふと思いついてブックオフで2冊を購入。我ながら岩手の旅に宮沢賢治はベタ過ぎる・・・。と思いましたが、まぁそれはそれでいいか。などと無駄な自問自答をしてみます。
温泉で汗と共に全てを流し、頭も心も空っぽになっている今。不思議と小さい頃感じた難しい、読むのが面倒という印象は全く無く、内容が心にすっと入ってきます。
それは多少は本を読むようになったための成長なのか、この岩手という土地がそうさせるのか。今思い返しても判りません。
そんな静かで、不思議で、長い夜のもうひとつのお供。それはもちろん地酒です。旅館のお土産コーナーで買った南部富士特別純米酒。
今まで見たことが無く、あまりメジャーではないのかネットで検索してみてもあまり露出は多くないようです。レトロなラベルにつられて購入しましたが、味はドンピシャ、僕好み。
どっしりと感じ飲み応え充分ですが、後味はすっきりとし飲み飽きないタイプ。力強さとキリリと締まった味は、本を片手にチビチビやるのに持ってこい。
夕食後これだけ満喫してもまだ20時前。今夜最後の露天風呂へと向かいます。昼間はあれだけ暑かったのに、外へ出てみるとひんやりとした空気が。お風呂を楽しむのに丁度よい気温です。
真っ暗な中佇む露天風呂。闇の中川音を聞きながら入る温泉は、昼間のそれとは全く違う趣が。朝昼夜と全く違う顔を見せる露天には、どれだけ入っても飽きることがありません。
部屋への帰り道、ふと見上ると、文字通り満天の星空が。いつも見ている夜空には現れない無数の小さい星たちまでもが、それぞれ精一杯光り輝いています。
東京では決して見ることのできない満天の星空に心を打たれ、地酒と本と温泉に酔う。これこそが僕の求めていた秘湯の旅だ、という夜を過ごし、心が満たされたまま深い眠りへと落ちるのでした。
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