大沢温泉で迎える最後の朝。立ち上る朝靄は今日も古い湯宿の屋根を濡らし、秋色に彩られた郷愁を一層艶めかせるかのよう。
湯けむり満ちる大沢の湯で朝風呂を楽しみ、頭も体も目覚めたところで朝ごはん。食事処やはぎへと向かうと、今日もおいしそうなお膳が用意されています。
焼き鯖にほうれん草のお浸し、たらこや大根と切り昆布の煮物。どれも白いご飯に合う和の味わいで、湯宿で食べる朝食のしみじみとした旨さを噛みしめずにはいられない。
満腹になったお腹を布団で落ち着け、大沢の湯で最後の一浴を。全身を包むとろっとした優しい温もり。立ち上る湯けむりを吸い込めば、鼻をくすぐる心地よい湯の香。あぁ、こんな日が今日も明日も続いてくれたなら。旅立ちの朝は、決まって毎度そんな叶わぬ願いを抱いてしまう。
いつ訪れても、僕に穏やかな夢を見させてくれる大沢温泉。その得も言われぬ包容力に、気づけば自分的節目に自ずと足が向いてしまう。そして今回も、どうもありがとう。おかげさまで久々に心が潤う感覚を取り戻せました。
10年前に初めて立ち寄り湯で訪れて以来、何度も何度も通ったこの廊下。渋い空気感に満ちるその道を踏みしめ、この宿を旅立ちます。ダメだ、やっぱり寂しい。でもそう思えるときは、良い時間を過ごせたという揺るぎない証。
そして振り返り、もう一度。今回も、本当に、本当にありがとうございました。そして必ず、戻ってきます。今回も僕を生き返らせてくれた宿への再訪を誓い、未練を断ち切ります。
山水閣の車寄せから、花巻南温泉峡の無料送迎バスに乗り込みます。車内には結構な数の乗客が。昨年から続く異常事態に心配していましたが、この賑わいに安堵せずにはいられません。
バスに揺られ、大きな窓越しに眺める秋の田園。刈り取られた田んぼを染める、どんよりとした空模様。モノトーンに彩られた長閑さが、別れの寂しさを一層駆り立てるよう。
見慣れた車窓を愛でること約40分、次なる地への出発点となる花巻駅に到着。初めてここに降り立ってから、かれこれもう15年来の付き合い。この駅の先にいくつも広がる湯の魔境に、僕はすっかりと吞み込まれてしまった。
いつも変わらぬ姿で迎えてくれる花巻駅に別れを告げ、いつもの701系で東北本線を北上します。目指すは、僕の大好きなあの街。2年ぶりとなる逢瀬を控え、弥が上にも胸は高鳴るばかり。
普通列車に揺られること40分、岩手の県都盛岡に到着。あぁ、ようやく来ることができた。本当に、本当に逢いたかった。いつ来ても嬉しい気持ちで満たされますが、今この瞬間の感慨は筆舌に尽くし難い。
久々となる盛岡の空気を胸いっぱいに吸い込んだところで、早速腹ごしらえ。麺の都ではいくつも食べたいものがありいつも迷ってしまうのですが、今回は駅前の『盛楼閣』へとお邪魔します。
そういえば、ここで一度も焼肉を食べていなかった。そう思い立ち、まずは冷たいビールとお肉を注文。
ホルモン(シマチョウ)は丁寧に下処理され全く臭みがなく、コリっとした歯ごたえと染み出る旨味が堪らない。角の立ったレバーもおいしく、思わずビールをおかわりしたくなってしまいます。
そして印象的だったのが、タレのおいしさ。お肉に施されたもみダレは、しっかり目のコク深い味わい。一方でつけダレはお肉の味わいを邪魔しないあっさり感。濃すぎず薄すぎずの塩梅に、思わずご飯も欲しくなります。
でもそこは我慢。満腹ではこいつをおいしく味わえません。ということでお待ちかねの冷麺が到着。盛岡冷麺は辛さが選べるのですが、キムチと漬け汁を別皿で提供してくれる辛味別がおすすめ。
まずは澄んだスープをひと口。あぁ、沁みる。この見た目からは想像できないような牛の旨味が、ぎゅっと詰まっています。それでいて、乳臭くない。牛のいいところだけを凝縮した上品な味わいに、盛岡まで来たという実感を今一度嚙みしめます。
そしてキムチと漬け汁をお好みの量追加。すると旨味が一層増すとともに心地よい酸味が加わり、より華やかで深い味わいに。太めでコシの強い、それでいて歯切れの良い麺と共に頬張れば、口の中が幸せで満たされます。
旨い!やっぱり旨い!間違いのない盛楼閣の味に触れ、もう悦びは大爆発。好きな街で好きな食を味わう。お取り寄せでは感じることのできない醍醐味に、旅の愉しさを改めて思い知らされるのでした。
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