静かな集落を抜け、自転車すら通らない島の周回道路をのんびり歩きコンドイビーチへ。
竹富島へ来る度にに訪れる、この美しい浜。でも僕は、今年のこの色彩を一生忘れることはないだろう。1年ぶりとなる再会の瞬間、直感的にそう思わせるほどの鮮烈さが視界の全てを染めあげます。
竹富島で唯一の海水浴場である、コンドイビーチ。いつもなら大勢の人で賑わう場所も、今日は僕たち2人だけ。踏み跡もまばらな無垢な白い砂浜が、八重山の海の青さを一層引き立てるかのように横たわります。
それにしても、今年は青い、青すぎる。降り注ぐ強烈な陽射しに照らされ、水底の岩や海藻までもが美しい紋様となり海に彩りを与えるかのよう。
今はちょうど干潮の時間帯。白い浜と鮮やかな水色を湛える浅い海の織り成すグラデーションに、どこか違う世界へと迷い込んだかのような軽い眩暈すら覚えてしまう。
どこまでも抜けるような、青い空。強烈な陽射しを少しでも避けようと、浜の木陰に陣取ることに。シートを敷いて荷物を下ろし、シャツを脱ぎ捨て一目散に海へと向かいます。
波も穏やかで遠浅のコンドイビーチ。干潮時には海と陸の境が曖昧になり、それにつられて夢か現実かの境界すら滲んでしまいそう。
港から汗を掻きつつ歩いてきたので、居てもたってもいられず早速海にちゃぽん。おぉ、ぬるい!この海とは思えぬ温度感に、自分が今八重山に居るという実感が全身を駆け巡ります。
空と海、そして陸の境界すら溶けゆく世界。一面のウォーターブルーに染まる海に揺蕩う、無心の時間。もうこれだけでいい。この瞬間が味わいたくて、毎年ここまで来てしまう。
どこまでも浅い海を歩いて渡り、干潮時に現れる小島へと上陸。そこには手つかずの白い砂浜が広がり、ここまで渡らなければ出会えぬ光景に自ずと期待が膨らみます。
海に沈んでは現れる、時間限定の小さな島。その度ごとに波に洗われるためか、珊瑚でできた砂の白さが一層際立ちます。その輝きをより美しい対比とするのが、海の透明度。島の外海側には、ビーチで感じられる以上に美しい海が広がります。
いつもなら、人々のはしゃぐ声で賑わうコンドイビーチ。でも今日は、この広い海に僕らだけ。波と風の音だけが響く世界に、今はただ全てを委ねて染まりたい。
この水の道を辿ってゆけば、どこか別の世界へと迷い込んでしまいそう。そう思わせるほど、空と海、夢と現実の溶け合う光景。
陸と海底とを行き交う砂地。波に洗われる部分には不思議な紋様が浮かび、うっすらと残った海水が映す空の青。複雑な色彩と陰影の対比が、幻想的な空気感をより一層強めるかのよう。
一日の半分は海の底。海の生き物にとっても楽園なのだろうか、無数に蟹穴の広がる一画が。
白と青の濃淡のみで構成される、不思議な世界。純白の島の先には帯の様に青い海が横たわり、緑豊かな西表の島影さえも青みを纏っているかのよう。
遮るもののない沖の小島に、絶えず吹き渡る強い風。水面には繊細な波の紋様が生まれては消え、見えぬはずの風の姿をこの目に届けてくれるよう。
誰もいない、風と波の声だけ聞こえるひとりぼっちの世界。青と白しかない世界に佇めば、自ずと心はからっぽに。今日の小島はあまりにも美しすぎて、自分というものすら溶けていってしまいそう。
地上の楽園。4年前、僕が素直に感じたこの感覚。それに匹敵するほどの鮮烈な青に再び逢えるなんて。あまりにも美しい光景を目に心に焼き付け、薄く広がる海を渡りビーチへと戻ります。
沖の別世界で青さと戯れていると、時間が経つのも忘れてしまう。気づけば喉もカラカラになり、こいつを強く求めています。ぬるい海に揺蕩いながら飲む、冷たいオリオン。これを最高と言わずして、何を最高と呼ぶのだろうか。
陽の高さが増すにつれ、刻一刻とその色彩を強める竹富の海。純白のコンドイビーチには輝きが満ち溢れ、ただひたすらにこうしていることが幸せだと思えてしまう。
そう思ったのも束の間、大きな雲が太陽を隠し、その影を海へと落とします。さらさらと流れるように繰り広げられる、色彩の変遷。自然にしか創ることのできない、一期一会の天然色。
コンドイ岬の突端から南を眺めれば、星の砂で有名なカイジ浜へと続く砂浜と海。白い砂を染めるうっすらとしたアクアブルーに、ただただ言葉も忘れて見つめるのみ。
海の青さは、空の青さを映すから。そのキャンバスとなる砂が白ければ、ここまで色彩は豊かになる。そんな理屈さえどうでもよくなってしまうような、全てが溶け合う幻想的な天然美。
波打ち際に座り、投げ出した足に感じる波の揺らぎと温かさ。普段なら決して味わえないはずの静かなコンドイビーチは、地上の楽園と呼ぶことすら勿体ない程だった。
寄せては返す、南国特有のぬるい波。こんな瞬間が、いつまでも続いてくれたなら。そんな僕の願いが現実になるなど知る由もなく、ただひたすらにこの美しさと戯れるのでした。
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